「月例経済報告」と「金融経済月報」

前回、内閣府と日銀は、それぞれ景気についてのレポートを報告していることに触れました。内閣府は、景気に関する政府の公式見解として「月例経済報告」を、日銀は「金融経済月報」を公表しています。その中の項目のひとつである輸出部分が、輸出指数の統計方法の違いによって、日銀の方が上振れるという話をしましたが、景気全般ではどうでしょうか。違いがあるのでしょうか。

おさらいとして両レポートの概要をもう一度見てみます。

報告書 公表機関 公表日 内容
月例経済報告 内閣府 毎月25日前後 景気に関する政府の公式見解であり、内閣府が景気動向指数に基づいて毎月取りまとめ、経済財政政策担当大臣が関係閣僚会議に提出し、了承を経て公表。
金融経済月報 日銀 毎月。金融政策決定会合後、翌営業日に公表。 日銀の政策判断の背景となる金融経済情勢を説明する資料。1月と7月の金融経済月報では、その直前に公表された「展望レポート」(4月および10月)以降の情勢の変化を踏まえたうえで、先行きの経済・物価見通しを評価した「中間評価」を公表。

内閣府と日銀は、これら報告書の冒頭で景気の基調判断を示しています。政府の見解と日銀の見解ですから、日本経済の景気がどっちを向いているのかを知るために、これら報告書の冒頭部分がマーケットでは注目されています。上方修正なのか、下方修正なのか、据置きなのか、あるいは条件付きの修正なのか、その表現が注目されます。下表は、景気の基調判断について両レポートを比較し、今年2015年1月から9月までの内容を一覧表にした表です。

内閣府(「月例経済報告」)と日銀(「金融経済月報」)の基調判断の比較

2015年 内閣府 日銀
1月 景気は、個人消費などに弱さがみられるが、緩やかな回復基調が続いている。 基調的に緩やかな回復を続けており、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動などの影響も全体として和らいでいる。
2月 同上 緩やかな回復基調を続けている。
3月 景気は、企業部門に改善がみられるなど、緩やかな回復基調が続いている。 同上
4月 同上 同上
5月 景気は、緩やかな回復基調が続いている。 緩やかな回復を続けている。
6月 同上 同上
7月 同上 同上
8月 景気は、このところ改善テンポにばらつきもみられるが、緩やかな回復基調が続いている。 同上
9月 景気は、このところ一部に鈍い動きもみられるが、緩やかな回復基調が続いている。 輸出・生産面に新興国経済の減速の影響がみられるものの、緩やかな回復を続けている。

(注)下線部は先月から変更した部分。

2015年1月から9月現在まで、内閣府も日銀も両報告では、基調は「緩やかな回復を続けている」と、景気の方向性としては回復方向を表しています。しかし、環境変化の表現が異なっています。やはり、輸出項目と同様、景気全体の基調判断についても内閣府(政府見解)の方が日銀より慎重な見方となっています。

1月時点では、内閣府は「個人消費などに弱さがみられるが」と、個人消費の弱さを指摘していますが、日銀は、「消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動などの影響も全体として和らいでいる。」と、消費増税の影響について触れ、和らいでいると表しています。この消費税増税の影響については、前年11月では「弱めの動きが残っている」と表していますが、12月に「和らいでいる」と上向き表現に変更し、1月もその表現を引き継いでいます。

日銀は、2月になって、この消費税の影響についてはなくなったとの判断から表現を削除し、「緩やかな回復を続けている。」と、8月までこの表現を維持しています。一方、内閣府は3月に「企業部門に改善がみられる」と上向き表現となり、5月に「緩やかな回復基調が続いている。」と日銀と同様の見方に並びました。ところが、7月の上海株の急落を受けた世界的な株安を受けて、8月には、「改善テンポにばらつきもみられる」とトーンを落とし、9月には、「一部に鈍い動きもみられる」と更にトーンを落とし、実質的な下方修正としました。日銀は、9月になって、ようやく「輸出・生産面に新興国経済の減速の影響がみられるものの」と、トーンダウンの表現を加えました。

このように前回お話した輸出項目と同様、政府の公式見解である内閣府の「月例経済報告」の方が見方は慎重であり、日銀の「金融経済月報」の方が、見方が強気であることが分かります。

この日銀の方が強気な見方は、今後も続くかどうかはわかりません。黒田総裁が率いる現在の日銀の考え方を反映しているのかもしれません。また、黒田総裁が任期中に弱気トーンに変わる可能性もあります。あるいは、総裁が交代するとトーンが変わるかもしれません。しかし、このように両方の報告書を比較することによって、こちらの見方が強気であるとか慎重であるとかが分かるため、景況感の方向性を探ることに役に立ちます。また、これら報告書は政府や日銀の政策の判断材料となるため、例えば、いくら日銀が自らの政策の正当性を主張するかのように景況感を強気に見ていても、政府の見解が弱気であれば、政府から日銀に対して何らかのプレッシャーが働くかもしれないとのシナリオを描くこともできます。あるいは、発表されてくる経済指標が弱い数字が続けば、日銀は見方を一気に下方修正し、追加緩和をやり易い環境に持っていくかもしれないとのシナリオを描くこともできます。このように、為替相場を予測する上では、経済指標だけではなく、これらの報告書にも常に留意しておく必要があります。これら報告書の内容は新聞にも掲載されており、もちろん、内閣府や日銀のホームページからも見ることが出来ます。

現在、景気の見方は分かれています。日銀は、原油安や中国経済の減速は一時的であり、中国経済の先行きについても「安定した成長経路をたどる」との強気の見通しを示しています。世界経済の先行きについても、「先進国を中心とした緩やかな成長が続く」との見方を示しています。それを裏付けるかのように、10月1日に発表された日銀短観では、大企業製造業の景況感は海外経済の減速で3期振りに悪化しましたが、大企業非製造業は訪日外国人旅行客の増加によってバブル期並みの高水準となっています。その結果、全体としての設備投資計画も上方修正となっています。これはよいニュースです。

一方、9月30日に経済産業省が発表した鉱工業生産指数(8月)は前月比0.5%の低下となり、2ヶ月連続のマイナスとなりました。これによって7-9月期の鉱工業生産指数も2期連続のマイナスとなる可能性が高まり、7-9月期のGDP成長率もマイナスを予測する民間エコノミストが出てきました。これまでの平均予測は+1.67%でした(日本経済研究センター発表の民間調査機関の予測平均値)。

これらの指標を受けて、10月の内閣府が公表する「月例経済報告」はどのような基調判断になるのでしょうか。また、10月30日に公表予定の日銀の「展望レポート」では、物価動向を含めどのような内容になるのか注目です。