※本記事は2016年10月18日に公開されたものです。

古くからある二論

 ファンドマネージャー、アナリスト、証券マン、経済評論家、経済記者、などマーケットに関わる仕事をする「プロ」が、自分自身の資産をどのように運用するのがいいかについては、古くから対立する二論がある。

 一つは、自分の情報発信や、ファンドマネージャーの場合は売買が、マーケットに影響を及ぼす可能性があるのだから、少なくとも自分が関わるマーケットのポジションを自己資金で持つべきではないという意見だ。

 他方、自分のお金で投資しているものを勧めるからこそ、その言葉に重みがあるのだと考える意見もある。素朴な意見だが、賛成者も少なくない。

 年金運用など機関投資家の世界でも、ヘッジファンドのファンドマネージャーなどに、自己資金を自らが運用するファンドに投資しているか否かを重視するケースがあるし、運用会社のマーケティングにあっても「私自身が自分の財産の大部分を自分が運用するファンドに入れている」と強調する場合がある。

 実際、プライベート・エクイティ・ファンドの運用経験者から、「入社して、はじめてのファンドを運用する時に、借金して自己資金をファンドに入れることを求められた。正直怖かったし、運用には真剣になった」との経験談を聞いたことがある。その方の話に嘘はないだろうと思うのだが、筆者は、後述のような理由で、「自己資金をファンドに入れている」という話は過大評価しない方がいいと思っている。

「プロ」の社内規定と「手張り」問題

 証券会社や運用会社では、社員に対して、特に個別株式への投資が何らかの形で制限されている場合が多い。

 証券会社の場合に多いのは、本人及び家族が個別の株式に投資する場合は、事前に届け出て自社の売買管理部門を通して注文を執行し、「3カ月」あるいは「6カ月」といった一定の期間以上保有を義務付ける「短期売買の禁止」がルール化されている場合が多い。

 かつて、わが国の大手証券会社では、社員は自社の株式のみ自由に売買できるという些(いささ)か奇妙なルールを持つ会社が多かった。社員は、自社の株式を「当社株」と呼び自由に売買できたわけだが、自社株を買う際には会社が資金を融資してくれる制度を持っていた会社もある。社員は、自社の重要な経営情報にアクセスできる可能性があり、インサイダー取引のリスクもあるので、自社株の売買に対しては、通常の株式に対するよりもむしろ厳しい制限を課してもよさそうなものであり、今考えても不思議な制度だった。

 運用会社では、証券会社よりもルールが厳しいことが多く、ファンドマネージャーに対して自己資金での個別株売買を禁止する場合が多い。また、意外に知られていないが、経済紙の記者や、テレビ局のマーケット情報番組関係者などは、個別株への投資を全面禁止とする場合が多い。

 しかし、もともと株が好きな人、お金が好きな人が多い業界なので、運用会社でも知人や親戚の名義を使うなどの形で、こっそりと自己資金の運用に手を出す(業界用語では「手張り」と呼ぶ)人が後を絶たない。ファンドマネージャーの交代や退社の背景として、手張りの露見があったケースは少なくない。

 上場株式の場合、売買の記録が完全に残るので、不正を行うことのリスクとリターンは有利ではないと思われるのだが、手張り好きな人物はどうしても我慢ができない場合があるようだ。

 外国の運用会社では、日本よりもルールが緩い会社もある。筆者が過去に関わったある英国系の運用会社の本社では、(1)自分及び家族の保有株式は全て会社に申告してデータベースに載せて社内で公開される、(2)担当ファンドの保有銘柄の自己資金での売買はファンドよりも後から買って後から売るのであればいい、といった緩い社内規定だった。

 筆者は、この会社で、小型株で運用する日本株ファンドの外国人ファンドマネージャーが、ファンドで発行株数の5%以上を保有するある小型株のワラント債を妻の名義で保有しているのを見て「汚い!」と思ったことがある。その銘柄の時価総額や売買状況から見て、ファンドの売買は明らかに株価に大きく影響する状況だった。