実際の投資家の様子から、投資信託のいい商品と運用法が分かる

自分以外の投資家は、実際にどのように投資しているのだろうか、また、なぜ、どのような経緯でその方法に辿り着いたのだろうか、という疑問や興味は、多くの投資家が持っていることと思う。竹川美奈子氏の新著「臆病な人でもうまくいく投資法」(プレジデント社、2016年3月1日刊。以下「本書」)が、この要望に真正面から応えてくれる。

本書は、投資信託で資産を形成している11人の現実の投資家の、投資の現状と、そこに至った経緯を紹介する形で、現在の投資信託で「買ってもいい」と思えるような商品、普通の人でも無理なく出来る投資法を、丁寧に紹介している。

筆者が書いた本も含めて、多くの投資入門書は、投資について、理屈と手順を、順を追って説明するような記述になっているが、本書では、職業・年齢・運用資産額などが異なる様々な人のエピソードとポートフォリオを紹介する形で、気がつくと、投資信託で資産を形成する方法、さらには投資信託や確定拠出年金に関する最新の事情などが分かるような仕組みになっている。何といっても大変読みやすい。この構成には感心した。

但し、現実の投資家の投資ぶりを紹介するといっても、明らかにおかしな投資法や、「これは拙い!」と言いたくなるような商品(手数料が高すぎる商品など)に投資しているような、ダメな投資家を紹介するのでは、読者のためにならない。

この本で紹介されている投資家は、筆者から見て、「100点満点!」とまで行かなくとも、個人投資家として十分以上に合格点以上(大学の採点だと60点が単位認定ラインだが、皆さんに70点はあげていい)の投資家ばかりが紹介されている。

「コツコツ投資」とは

著者の竹川氏は、投資信託を取り上げたブログ「rennyの備忘録」の管理人であるrennyさん、『投資信託事情』の編集長である島田知保さんと共に、「コツコツ投資家が、コツコツ集まる夕べ」という、個人投資家の交流会を月に1度、5年以上も続けておられる。この「コツコツの会」は、東京で始まったが、今では、日本の各地に分科会が生まれていて、個人投資家が方々で集まり、初心者を指導したり、投資に関する情報を交換したりしている。

本で紹介されている11人の投資家の多くは、このイベントに出席されたことのある方なので、ある程度以上の投資常識を共有しておられる。

過去はともかく、現時点のポートフォリオで、通貨選択型の毎月分配型投信(高リスクで無駄に複雑だし、手数料が高すぎる)をお持ちの方や、ラップ口座(これも手数料が高い)を契約している方は、一人もいない。

第一章で竹川氏は、「長期でじっくり投資に取り組む方法のことを、本書では『コツコツ投資』と呼びます」と述べた上で、コツコツ投資の特徴を、以下のようにまとめておられる。

  • 未来のために、無理のない範囲で、世界中の企業に自分のお金を分散する
  • そして、長い目でゆったり資産を育てていく
  • こうした運用をするためのツールとして、たとえば、手数料の安いインデックスファンドを活用し、コツコツと積立投資を行う

(前掲書、29ページより)

力みのない投資スタイルであることがお分かり頂けようが、国際分散投資、長期運用、低コストなインデックス運用、などを特色とする、オーソドックスな運用法だ。「資産運用の三原則」とでもいうべき、(1)分散、(2)長期、(3)低コスト、にピッタリ合致した方法だ。

加えて、「コツコツ投資にはもう少し幅があります。投資をしている人たちに接すると、必ずしもインデックスファンドに『限定』して投資している人ばかりではありません。たとえば、金融資産の一部を個別の株式に投資したり、投資哲学や運用スタイルに共感するアクティブファンドを保有したりしている人もいます」とあるように、コツコツ投資を、ストイックで画一的なものとはしていない。

竹川氏が、運用方法の基本として説明している原則は、生活のお金と投資するお金を分けること、おおまかな資産配分(アセット・アロケーション)を決めること、そして手数料が安い投信を買うこと、の大まかに三つだ。これなら、大抵の方が十分自力で出来るのではないだろうか。

尚、株式のリスクに対する対策として、リスク資産への投資額で調節することと、株式と債券を組み合わせることの2つの対処法を述べた上で、後者に関して、「世界的に金利が低い時期は、債券をたくさん保有するのはあまり得策ではありません」と述べていることは大変適切だ。

投資の入門書の中には、現在異例な低金利になっているにもかかわらず、過去の債券と株式の関係をそのままあてはめて、株式と債券を組み合わせることが現状でも、過去と同じように有効であるかのように書かれている物があるが、不適切だ。竹川氏の本は、ゆったりと易しく書かれているが、ポイントを外していないので、安心してお勧めできる。

ちなみに、紹介されている投資家の中で最年少の20代の投資家、セロンさんは、お持ちのポートフォリオの中の「日本債券」部分を「個人向け国債(変動10年)」で運用されている。

さまざまな投資家が11人

詳しくは、本書を読んでみて頂きたいが、インデックスファンド中心の人が多い、外国株式の比率が高い人が多い、といった共通点はあるものの、紹介されている11人の職業、年齢、これまでの経緯、そして現在のポートフォリオは様々だ。

インデックスファンドと個別株に投資されている方もいれば、バランスファンド(主に多資産に投資する比率が固定的なもの)を活用されている方もいれば、投信会社が直接販売するアクティブファンドに投資されている方もいる。

共感したエピソードをお持ちの投資家をお一人挙げるとすれば、例えば、安随晋太郎さん(35歳、会社員)だ。安随氏は、新規公開株やFX、さらには手数料の高い投信を勧めるFP、銀行で勧められたラップ口座などの失敗を経て、シンプルなインデックスファンドの積立投資に行き着き、今では、「資産の90%を不動産で持つのはこわい」と理解して、賃貸暮らしをされているという。先のセロンさんとも共通だが、運用の基本方針を文書ではっきり書いておくことを実践されている点も参考になる。

筆者は、「適切なリスクの大きさは人によって異なるが、リスク資産の持ち方は誰にとっても『最も効率のいい組み合わせ』がいい」(部分的に「CAPM」の考え方に近い)と考えているし、また、「投資家のタイプ別に適切な運用(商品)は異なるだろう」と考えて、非効率的な運用商品を買ってしまう人が多いのも事実なので、「他人に(正しい)アドバイスをする」というレベルでは、許容範囲が狭い。

このレベルでは、バランスファンドが不適切であることは論理と計算で明らかに示すことが出来るし、手数料の高いアクティブファンドを、他人に勧めることは不誠実だ、という結論にもなる。

しかし、現実の投資家にあっては、個々に生活や性格が異なるので、大きな間違いをしていなければ、人によって投資の仕方に違いがあることは、それほど悪いことではないとも思っている。但し、「ああでもいいし、こうでもいい、…」という文章を程良い加減で書くことは意外に難しい。

例えば、筆者が書いた本の読者が、竹川氏の本を読んで、「急所さえ外さなければ、まあ、いろいろな投資家がいてもいいのだ」と分かり、気持ちを楽にして、投資の楽しみを拡げてくれるとすれば、大変いいことだと思う。

確定拠出年金の勧め

竹川美奈子さんと言えば、「投資信託」、「コツコツ投資」と共に、「確定拠出年金(DC)」で有名だ。特に、多くの加入資格保有者が利用せずに見過ごしている個人型確定拠出年金を、丁寧に勧めておられる。

本書でも、確定拠出年金が分かりやすく紹介されている。

会社にかつて拠出年金制度があったものの、全額定期預金で運用されていて、これを改めつつある会社員の女性のエピソードと共に紹介されているが、確定拠出年金の活用法について「金融資産全体で資産配分(アセット・アロケーション)を考えて、そのうち株式部分をDCの商品に割り振るというのが基本的な考え方です」と、「運用全体の中の一部分」としてDCを位置づけていることは、大変適切だ。

本書は、一冊全体がさらさら読めて、投資信託の商品事情、確定拠出年金の使い方まで頭に入る、大変お得で投資価値が高い本だ(定価は、本体1,500円+税)。何よりも、「コツコツ投資」の思想と実践法を、本家から直接学ぶことが出来る点が素晴らしい。

投資の初心者にも、既に投資をはじめておられる経験者にも、広くお勧めできる良書だ。