運用の基本は同じ

今回は、運用について「自分で考える力」を養いたい読者のために、有益な参考文献を一冊紹介しよう。企業年金連合会の「企業年金 資産運用の基礎(第四版)」は、企業年金の理事や運用担当者向けに書かれた年金運用の概説書だが、個人投資家が読んでも大変ためになる。

(企業年金連合会の会員ではない一般者も購入出来る。一般向けの価格は一冊2,160円。企業年金連合会のホームページをご参照下さい。)

企業年金は、複数の運用機関を使って、長期間に亘る運用を行うが、この際に必要な運用の考え方は、将来(老後?)の生活に備えて、投資信託などで資産を運用する個人と同じだ。

年金基金は運用会社と直接やりとりして、運用ガイドラインを提示し、運用の方法について指図したり、運用報告を直接聞いたりすることが出来る一方、個人は主に出来合いの投資信託等を組み合わせて運用するという違いはあるが、運用の実質は全く変わらない。

喩えていうなら、両者の差は、オーダーメイドのスーツを着るか、既製服のスーツを着るかの差だ。サイズ違いや、TPOに合わない服装は論外だし、ダメなコーディネートは調達方法の如何を問わずダメなのだ。

年金基金も個人も、アセット・アロケーション(資産配分)を行い、運用機関ないし運用商品を選び、複数の機関・商品の組み合わせ(マネージャー・ストラクチャー)をコントロールしなければならない。

年金基金が運用をどのように考えているのか、具体的にどのようなプロセスで運用を行っているのか等を知ることは個人投資家にとっても有益だ。

また、「人の振り見て、我が振り直せ」という諺があるように、自分の問題を直接考えるのではなく、年金基金という他人の問題に置き換えて考えた方がスッキリと理解出来る問題が幾つかある。

年金運用は、年金基金にとっても、運用会社にとっても、自分の行動を他人(年金加入者や資金の委託者)に説明出来るように行わなければならない世界なので、運用に当たって「考え方」が表面に出やすい。

今回の推薦図書には誤りや不徹底な点もあるが、それらも含めて、意味を咀嚼して運用について考えることがためになる。運用の「実力」を養いたい人の教材として、自信を持ってお勧めする。

以下、「企業年金 資産運用の基礎(第四版)」(企業年金連合会)の、個人投資家にとっての「読みどころ」をご案内しよう。

全体の構成と読みどころ

本書は全体は、A4で索引も含めて150ページ強の研修テキスト風の冊子だが、全体は3部構成になっている。順に、

「Ⅰ.年金運用の基礎知識」(企業年金における資産運用の目的とは、リターンとリスク、ポートフォリオのリターンとリスク、受託者責任)、

「Ⅱ.企業年金の運用プロセス」(資産運用の全体像、政策アセット・ミクスの策定とマネージャー・ストラクチャー、運用受託機関の選定、運用受託機関の評価)、

「Ⅲ.運用商品・運用資産の基礎知識」(運用受託機関における運用商品、各運用資産の知識)、

の3パートだ。加えて、巻末に、付録として「効率的フロンティアの描き方」が解説されている。

Ⅰ.では、企業年金の運用の考え方が、個人の資産運用とピッタリ重なることに驚かれるだろう。また、リターンとリスクの丁寧な説明に加えて、「受託者責任」(フィデューシャリー・デューティー)が「基礎」の中に入ることが注目出来よう。

運用を具体的に考えるに当たって、参考になるのはⅡ.だろう。企業年金のアセット・アロケーションの考え方と現状(過去の変遷も含む)は個人にとっても参考になる。また、運用受託機関の選択と評価を具体的にどうやるのかについては、投資信託を選択・評価したい個人にとって興味深いテーマだろう。

Ⅲ.の前半にある、運用受託機関における運用商品は、企業年金が資金を委託する際に利用する制度的枠組みの話なので、この部分(p89~p99)については、個人投資家は読み飛ばしてもいいかも知れない。後半の、債券、株式、外貨建て資産(為替ヘッジ等の説明を含む)、短期金融資産、デリバティブ、オルタナティブ投資(代替投資)などに関する解説は、それぞれ簡単だが、年金業界でこれらの運用資産をどう見ているかが分かるので面白い。

読み所、10箇所!

この種のテキスト的な推薦図書は、書評だけをお伝えしても、読者の真の力にはならない。やる気のある方には是非テキストを入手して読んで頂くとして、読みどころとして、特に注目できる箇所、注意が必要な箇所などを、10個ほどピックアップしてご説明する。10個の順番は、重要度順ではなく、本に登場する順だ。

(1)「長期投資とリスク」の誤解!(p10~)

さて、本を推薦しておいて、いきなりダメ出しをするのは大変気が引けるのだが、順番と重要性から言って仕方がない。

本テキストでは、年金運用の性質を個人の資産運用に喩えて説明しているが、個人が家を建てるのが1年後なら運用でリスクを取れず、20年後ならリスクを取れるといった、運用期間によって取ることができるリスクが変わる(運用が長期化すれば、リスク許容度が同じでもより大きなリスクを取っていい)とする説明は、全く不適切だ。

「一方、成熟段階に至るまで時間的余裕のある年金基金では、一時的に相場の下落の影響を受けたとしても成熟化が進んだ企業年金に比べれば影響が小さいので、価格変動の大きい運用対象資産を多く組み入れることにより、高い収益の獲得が期待出来ることになります」(p11)とあるが、基金を指導する連合会からしてこんな認識でいたから、過去に夥しい数の厚生年金基金が運用に失敗して、負担の大きな損を出し、解散に追い込まれた基金も少なくなかったのだ。

長期運用ならより大きなリスクを取ることができるというのは、無責任で不運な運用担当者がいても「直ぐには困らない」というだけのことで、正しい認識ではない。成熟度とリスクに関する誤解はp13など別の箇所にもあるが、読者は、この辺りを批判的に読む必要がある。

正しい認識は、p37「(4)企業年金と母体企業の関係」に書かれているように、「企業年金のリスクは、許容度は母体企業に大きく依存しています」ということなのであって、個人の場合も企業年金の場合も、リスク負担の能力を決めるものは運用期間の長短ではなく、「財務的な強さ」である。

(2) 企業年金の資産構成割合の推移は見飽きない

p14のコラムに、1993年度から2012年度までの「企業年金の資産構成割合の推移」と題するグラフが載っている。これを見ると、全体の統計でありながら、企業年金の資産構成が時間の変化によって大きく変化していることが分かって面白い。

例えば、「国内株式」の比率がピークだったのは1999年度であり、この時は36.5%あった。国内株式比率のピークにあって、ITバブルの崩壊を迎えたことになる。ちなみに、この時「外国株式」は18.1%ほどあった。

一方、このグラフで最新となる2012年度はどうかというと、「国内株式」は15.8%で、「外国株式」の16.0%よりも小さくなっている。もっとも、株価の推移を考えると、「国内株式」は、ただ持っているだけでこのくらいまで縮んでおかしくなかった。

このグラフは、見飽きない。

(3) 外貨建資産のリターンとリスクに対する年金業界の理解

次は、積極的に褒めたいポイントを紹介しよう。外貨建資産のリターンとリスクについて「外貨建資産の場合には、為替変動リスクが加わってきます。そうすると、リスクが大きくなるのだから、リターンとリスクのトレードオフの関係から言って、外貨建資産は円建て資産に比べて概ね長期的には高いリターンが期待出来るかというと必ずしもそうではありません」(p23)とあるのは、大変適切な認識であり、注意喚起だ。この点をはっきり書いていることについては、大いに評価したい。

このテキストをよく読んだ年金関係者は、高齢になっても、手数料が高く分配金を強調した外国債券の投資信託などを買わずに済むのではないか。

惜しいのは、将来のキャッシュフローの割引によって決まる価格の決定プロセスでリスクプレミアムが介在する「資本」の価格付けと、通貨と金利のゼロサム・ゲーム的取引の交換比である「為替レート」の価格形成の性質の差が説明されていないことだ。

(4) 受託者責任(フィデューシャリー・デューティー)の詳しい説明

年金運用の世界ばかりでなく、金融界は近年「フィデューシャリー・デューティー」流行である。この概念が、丸々ページかけて詳しく説明されている(p32~)。

フィデューシャリー・デューティーは「他人のために裁量性をもって専門的能力を提供する者」に適用される義務で、内容は「忠実義務」と「注意義務」で構成される。後者にあっては、職責に求められる水準の知識に基づいて「その地位相応によく注意する」ことが求められる。

厳しい読者の声に先回りしてお答えするなら、ネット証券の社員も、もちろんフィデューシャリー・デューティーを理解し自覚すべきであることは言うまでもない(心して、励みます!)。

(5) 企業年金流の資産運用手順(p44~)

運用目的を運用目標に落とし込み、政策アセット・ミクスを策定して、運用受託機関を選定し、「運用ガイドライン」(p46)を与えて運用を委託し、各運用機関の運用する資産の「合計」が政策アセット・ミクスに合致するようにコントロールする、という年金運用の構築プロセス、さらに、運用受託機関の評価や必要があれば入れ替えといった運用のモニタリングとメンテナンスの一連のプロセスは、個人の資産運用に当てはめていくことが出来る。

年金運用に詳しい読者は、たとえば拙著「全面改訂 超簡単お金の運用術」(朝日新書)などで提案している個人の運用簡便法が、年金運用のプロセスを真似しながらアレンジしたものであることにお気づきだろう。

ある意味では、「企業年金 資産運用の基礎」は、この種の本の種本の一つだと言ってもいい。

(6) 政策アセット・ミクスの策定からリバランスまでの流れ(p48~)

内容的には、このテキストの中核に当たる部分だ。政策アセット・ミクスをどう策定し、特にリスクについてどう見積もり、リバランスを行ったり、行わなかったりするか、といった一連のプロセスが説明されている。

「政策アセット・ミクスは中長期的な観点から策定すべきであり、一時の相場変動に反応して簡単に変更する性質のものではなりません。結局のところ、投資期間を長期に捉えて、熟慮の上に策定した政策アセット・ミクスの維持管理(リバランス)に帰結せざるを得ないのではないでしょうか」、「長期の運用方針を貫くためには、普段から母体企業との対話が大事です」(共にp59)とあって、長期の方針を維持する以外にできることは少ないが、そのためには関係者の理解が必要だ、というこの本の中核思想(?)が語られている。

個人の資産運用にあっても、概ね応用出来る内容だ。もっとも、個人の場合「母体企業」に相当するのは自分自身であることが多い。或いは、妻(夫)といった家計を同一にする相手とのコミュニケーションが大事だと深読みすべきか。

尚、個人の運用には直接関係ないが、p53の「厚生年金本体のポートフォリオ」は一昨年の10月末に改訂された「国内株式25%+外国株式25%+外国債券15%+国内債券35%」のハイリスクなポートフォリオになる前のGPIFの基本ポートフォリオだ。

(7) ビルディング・ブロック方式という「鉛筆の舐め方」

さて、アセット・アロケーションにあって、期待リターンの設定が重要であることは論を待たないし、そこをどうするのかが、読者にとっても興味深いところだろう。

p50のコラムには、年金基金で期待リターンを作ったり説明したりする上でよく使われる「ビルディング・ブロック方式」が簡単に説明されている。

この方法は、名前は大袈裟だが、要は、「概ねこんなものだろう」と鉛筆を舐めて数字を置き、後から説明しているのと大差ない。

「機関投資家といっても、こんなにいい加減なものなのか…」とガッカリされる読者もおられようが、「こんなもの」であるのもまた一面の真実なのだ。

(8) 控え目だが明確なアクティブとパッシブの比較

この本は、アクティブ運用の採用を頭から否定するような、断言調のテキストではない。しかし、「市場参加者全員のパフォーマンスを平均すればインデックスになることを考えると、アクティブ運用により長期にインデックスを上回る成果(一般的にパッシブ運用よりも高いといわれる運用報酬等のコスト負担を含めて)を得ることは簡単でないことがわかるかと思います」(p61)といっている。

抑えた筆致だが、筆者が何をいいたいのかは、よく伝わって来る。

(9)「相殺取引」へのこだわり(p62)

テキストには複数の箇所で「コスト」に対する言及があり、年金運用の世界では、運用報酬、取引コスト(手数料とマーケット・インパクト)などの「コスト」に対する強いこだわりがあることが分かる。

この中で、複数の運用受託機関を使うことによって起こる「相殺取引」(同時期にA社で株を増やして、B社で株を減らすような取引。アセット・ミクス単位でも、銘柄単位でも起こる)に対する注意喚起がなされている。

個人の場合、選んでいるファンドの手数料差の方により大きな問題がある場合が多いようにも思うが、バランス・ファンドを複数持つような運用では、そもそも運用の全体像が把握しにくくなるし、気づかぬうちに相殺取引の無駄が起こる可能性がある。

(10) 運用機関の選定に、結局良い方法はない!

p64以下でたっぷり説明されている、運用機関のパフォーマンス評価(定量評価)と定性評価の着眼点及び具体的な方法は、個人が投資信託の選択を考える場合にそのままスライドして応用することができる。

しかし、p75に有名な「スパゲティー・チャート」(!)を載せた上で、「過去の結果だけで運用受託機関の良し悪しを判断することには慎重であるべきでしょう」(p79)と説く論理に説得力はあるが、その文脈を受ける結論が「したがって、定性評価も併せて行い、信頼できる運用受託機関を見つけ出すことが重要になります」というものなのは、些か心許ない。

端的に言って、「重要である」ことと「上手くできること」とは異なるのであり、残念ながら、スパゲティー・チャートが雄弁に物語る通り、定性評価もまた、運用成績の良い(「であろう」も含めて)運用機関を選ぶ役には立たない(運用機関の定性評価は毎年ランダムに激しく変動するはずがない。少なくとも業界で定性評価と呼んでいるものは、運用成績に関係ない)。

結局、「納得出来る運用機関(個人の場合、ファンド)を決めることは出来るが、運用が優れた運用機関を選ぶ方法は無い」という結論に落ち着きそうだ。

そう考えると、年金運用業務の相当部分は「壮大な徒労」である(誰のための労力なのだろうか?)、ということになる。

まだまだ、投資家にとって有益だったり、興味深かったりする部分はあるのだが、切りのいい10個で今回は止めておこう。「自分で考えたい投資家」の皆さんには、是非ご一読をお勧めする。

それにしても、この本は、改訂すると、もっと良い本になるのになあ、とも思ったことを付け加えておく。企業年金連合会にその気があるなら、協力してもいい。