「全面改定 超簡単お金の運用術」の運用法

拙著の中で割合よく読んで頂いている本に、「全面改定 超簡単お金の運用術」(朝日新書、2013年9月刊)がある。「本書の目的は、(1) 極めて簡単だけれども、(2) 現実的にほぼベストに近くて、(3) 無難なお金の運用方法を、読者にお伝えすることにある」と述べて、運用が仕事でも趣味でもない普通の人向けの運用簡便法を書いた。

手前味噌ながら、本の冒頭に「運用は、こうしましょう」という結論を惜しみなく早めにまとめて書いたことが良かったと思う。この際、気前良く、その結論部分を引用しよう。

超簡単お金の運用法

(注1) 共に、ネット証券で売買すると低コストだし金融マンに会わずに済む。

(注2) NISAも確定拠出年金も主として「リスク運用マネー」を割り当てる。 (出典:「全面改定 超簡単 お金の運用術」(朝日新書、16〜17ページ)

  • 当座の生活に必要なお金(たとえば生活費三カ月分程度)を銀行の普通預金に置く。
  • 残ったお金を、リスクを取ってもいいと思う「リスク運用マネー」と、元本割れを想定せずに済む「無リスク運用マネー」に分割する。この場合、「リスク運用マネー」は「無リスク運用マネーよりも平均すると5%利回りが高いが、最悪の場合、一年で3分の1が失われる可能性がある」と考えて、好きな金額を割り当てる。
  • 「リスク運用マネー」は、「TOPIX連動型上場投資信託」(コード番号1306、野村アセットマネジメントが設定・運用)と「SMTグローバル株式インデックス・オープン」(三井住友トラスト・アセット・マネジメントが設定・運用)に、半々に投資する。(注1)
  • 「無リスク運用マネー」は、「個人向け国債」(一〇年満期タイプ)又は「MRF」(マネー・リザーブ・ファンド)で持つ。あるいは一人一行一千万円未満なら銀行預金で運用してもいい。(但し、外貨預金はダメ)
  • 大きな支出の必要が生じたら、「リスク運用マネー」あるいは「無リスク運用マネー」の何れかを「躊躇なく」部分解約してこれに充てる。
  • NISA及び確定拠出年金を最大限に利用する。(注2)

実は、この本の前書きに、「結論だけを手っ取り早く知りたい方は、16ページの『超簡単お金の運用法』を立ち読みしてみて下さい」と書こうとした。しかし、出版社の中間管理職氏が、立ち読みだけで本を買わない人が出ると書店が反発する可能性を挙げて、これに強く反対したことを懐かしく思い出す。反対があまりに強硬なので、中間管理職氏の意見に従ったが、この点には、今でも納得していない。

筆者の本を買おうという人は、概ね洒落の分かる人だろうし、潜在読者は、具体的な結論をいきなり見せられる方がその理由に興味を持つのではないか。  さて、この簡便法は、現在でも「ベスト」からそう遠くないと思っているのだが、この本の出版から1年半近くが経過しており、現在の状況を反映した修正バージョンを提供するのが、著者としては良心的なのではないかと考えた。

簡便法の考え方をお伝えしながら、2015年版を検討したい。今回は、簡便法のアイデアの説明と、問題点の洗い出しを行う。

簡便法のヒントはCAPMにある

現在の長短ともに低金利の状況下では、高金利の状況ほど、債券と株式の分散投資効果が働かない。

こうした状況下で、単一金利での借り入れと運用が可能だと、リスク資産と無リスク資産の組み合わせをそれぞれ独立に決めることができる(金融論的には「分離定理」が有効な状況)。そこでは、リスク資産の組み合わせをリターン対リスクの効率が良い組み合わせに単一に決め、これとは別に、無リスク運用部分を決めるアプローチで、「ベストから遠くない」アセットアロケーションができる筈だ。

筆者は、長期金利が2%を超えたら、現在の簡便法を大きく改訂しようと思っている。長期金利が上下両方に大きく動く余裕があれば、例えば、不景気で企業収益が落ちて株価が下がる時に、長期金利が低下して債券価格が上昇し、債券のリターンが株式のマイナスをカバーするといった効果が期待出来る。

ところが、拙著の刊行後、日銀による国債市場の「制圧」によって長期金利は低下を続け、今や0.2%台となり、長期債と現金の利回りの距離がますます縮んだ。

結果論だが、日銀のおかげで、金融環境的にわが簡便法の有効性は更に高まったように思われる。

もう一つの工夫

簡便法のもう一つの工夫は、リスク資産への投資額を、「比率」ではなく、「金額」で直接決めさせることだ。

アセットアロケーションというと、どうしても「%」即ち比率で考えてしまいがちだ。しかし、金融資産の中での「%」は、たとえば実物資産や人的資本に対して、どのくらいの大きさの金融資産を持っているかによって、明らかに大きな影響を受けるはずだ。個人のリスク許容額は、個人の資産状況、負債状況、収入、健康などによって多様であるはずで、これらの違いを無視して、金融資産の中だけでアセットアロケーションを決めるのは不適切だ。

特に、FP(ファイナンシャル・プランナー)にとっては、自らのサービスの中心的な付加価値を否定する職業的自殺行為だと思うのだが、「○○さんお勧めのアセットアロケーション」が新聞や雑誌には、平気で円グラフ付きで載っている(原稿を発注する側が、レイアウトを先決めするからでもあるが)。

この点、筆者は、(1)許容出来る損失の可能性の範囲内で、(2)リスクを取ると期待リターンが増えるという前提でリスクをどれだけ取るかを金額で直接考える、という手順で、FPが本来行うべきサービスと、アセットアロケーションの意思決定を、個人が自分で決められるように簡便化したと自負している。

但し、「無リスク運用マネーよりも平均すると5%利回りが高いが、最悪の場合、一年で3分の1が失われる可能性がある」という設定を、頭の中でリアリティを持って想定出来る人がどれくらいいるか,ということに関しては、少々自信がない。

これは、リスクや不確実性を適切に想定する事が難しいという人間の能力の限界に関わる問題なのかも知れないが、書き方が些か真面目に過ぎたかもしれないと思っている。

手順の大枠を変えないとしても、リスクとリターンに関する図解を入れたり、ダウンサイドだけでなく、アップサイドもあることも併記したりするなどの改善案がありそうだ。

リスク・リターンの数字と商品と

「最大3分の1の損」さらには「無リスク資産よりも平均5%上のリターン」といった部分は、筆者としてはもちろん根拠のある数字だが、もとよりこれが厳密に正確なリスクとリターンであるという自信はない。

当然ながら、根拠となる数字は、時間とともに変化する。表現の仕方に加えて、数字自体の見直しは当然必要だ。

また、リスク資産投資用に具体的に挙げた2商品は、現状でも競争力を持っているし、「ほぼベストに近く」て「無難」という範疇に十分入っていると思うが、インデックス・ファンドは近年新商品が多数登場しており、あらためて見直すべきだろう。

以上の見直しを踏まえて、次回では、「超簡単お金の運用術 2015年版」を作ってみたい。