追加緩和・GPIF・総選挙・リスクオフ、…

12月14日に安倍首相が「アベノミクス選挙」だと宣言した総選挙が行われ、与党が大勝した。この前には、10月31日に日銀が追加緩和を発表し、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が株式と外貨資産を大きく積み増す新しい基本ポートフォリオを発表し、総選挙に向けて円安が進み株価は上昇していた。しかし、総選挙後には、「原油安による経済の混乱懸念からの『リスクオフ』行動」が原因とされる株価下落と円高が起こっている。

率直にいってめまぐるしい展開だが、投資家としては「何が起こりつつあるのか」を正確に理解しておきたい。

アベノミクスの、これまで・現状・これからを理解する上で重要なポイントを7つ取り上げてQ&A風にまとめてみた。

 

 

  • デフレ脱却がどうして優先されるべきなのか?

アベノミクスは、日本経済に長年続いたデフレ傾向からの脱却を目指す政策だった。では、なぜデフレが悪くて、デフレ対策を、財政再建などの他の経済対策よりも優先した方がいいのか? 以下の、二点が重要だ。

デフレが「マイルドなインフレ」に変わると、次の二点で好都合になる。

(A) 金融政策が効くようになる。日銀が政策金利を下げることによって、実質金利をマイナスにして、投資と消費を喚起して、景気対策を有効に行うことが出来る。

(B) マイルドなインフレが進行する方が、相対的な賃金の調整や、富の分配の調整などが、心理的・制度的にスムーズに行える。例えば、公的年金の「マクロ経済スライド方式」は、マイルドなインフレの方がスムーズに機能する。

物価に対する人々の予想形成には、これまでの趨勢が今後も続くと考える、ある種の粘着性がある。この点を考えると、金融政策が効くようにするためにも、相対価格の調整をスムーズにするためにも、先ず、環境として、人々の「デフレ予想」を「インフレ予想」に変えることが必要であり、有益なのだ。

もともと現代の貨幣(不換紙幣)は人工的な制度であり、貨幣の価値を経済活動にとって都合よく変えることは、可能でもあるし、政策当局の責任でもある。

  • ここまでのアベノミクスはどうして効いたのか?

アベノミクスはここまでに、(1)景気を回復させた(主に2013年だったが)、(2)失業を減らしアルバイトの賃金を上げるなど雇用市場の最弱者の条件を改善した(3)資産価格を上昇させた、といった国民の経済厚生にとってポジティブな効果を生んだ。ここまでのアベノミクスは、どうして効いたのか。

アベノミクスは「インフレ目標」とこれを裏書きする「大規模な金融緩和」を組み合わせることで、将来も金融緩和状態が続くことをコミット(約束)して、将来の実質金利に対する予想を引き下げ、これが円安と実質金利の低下につながり、円安が株高を、実質金利の低下も投資や消費の喚起と不動産価格や株価の上昇につながり、実体経済にも効果を持った。

インフレ目標付きの金融緩和は、いわば「将来も含めた金融緩和」であり、通常の金融緩和の拡大版的な効果を持つ。

加えて、日銀が、長期国債(金利の「期間」のスプレッド)、株式(株主資本のプライシングに際するリスクプレミアム)、REIT(不動産のリスクプレミアム)を買い入れることで、各種のスプレッドを縮小させて信用拡大を図るのと共に、民間経済主体のポートフォリオを変えることを通して、これらの資産価格の上昇を促し、資産価格上昇が消費や投資にもたらすプラス効果(資産効果)を喚起した。

これらが実体経済にもたらす効果は、インフレ率も短期金利もがプラスの際に政策金利を引き下げる場合に較べて間接的でかつ傾向として弱いものだが、資産市場に対する効果は大きい。投資家はその動向に注目すべきだ。

  • 財政政策はアベノミクスとどう関係するのか?

アベノミクスは、「三本の矢」で説明されることが多い。第一の矢が金融緩和政策、第二の矢が財政出動、第三の矢が規制緩和などによる成長戦略だ。これらの中で、二本目の矢である財政政策はどのような影響を持っていたのか。

物価上昇のためには、将来の金融緩和状態への予想を前提とした実質金利の低下予想が重要であると同時に、モノや人の需給が逼迫していることが重要であり、後者のためには、経済全体としての需給が引き締まっている(少なくとも需要が不足していない)ことが重要だ。

アベノミクス第二の矢である財政出動はこのためのもので、ある程度の効果があった。但し、支出が公共事業に偏り、建設労働者の不足などから、執行が困難になって、この効果が薄れた面もあった。

痛かったのは、消費税率の5%から8%への引き上げだ。これはマイナスの財政政策そのものだったので、主に個人の消費の抑制を通じて景気の足を引っ張ると同時に、肝心の物価(消費税の影響抜きのインフレ率)にもマイナスの影響を持った。今回安倍政権が決めた税率引き上げ先延ばしそれ自体は、アベノミクスの文脈から見て適切だが、一年半後に景気判断抜きで税率引き上げと決めたことには小さからぬリスクを残した。

デフレ脱却に向けた政策の中心は金融緩和とその継続への信頼性だが、デフレを十分脱却するまでは、財政政策がデフレ的であっては不都合なのだ。

アベノミクスは、名目GDPの成長による将来の税収拡大を通じて財政収支の改善を図る政策だが、そのためにも当面の政策の優先度は財政再建よりもデフレの脱却にある。

財政再建のための増税が後回しにされることによって、財政収支が悪化するように見えるが、増税を前倒しして景気の悪化とデフレ期待の定着を招くと、将来の財政収支は却って悪化するので、今回の消費税率引き上げの先送りが、財政再建に逆行するかどうかは定かでない。

また、財政赤字が拡大した場合の悪影響は、長期金利上昇、インフレ率上昇、通貨安の三つだが、日本場合、何れも現在の問題ではなく、特にインフレ率の上昇については、それが起こるように努力している状況なので、増税先送りは、景気とデフレ脱却に対してプラスで、当面の副作用が無いという意味で、適切な政策だ。

  • 中間層の実質賃金はなぜ下がったのか?

デフレから脱却するためには、モノと賃金が両方上昇する環境を作らなければならず、そのためには、特に賃金の継続的な上昇環境を作ることが重要だ。

金融緩和で円安と物価上昇が始まると、名目賃金が上がらなければ物価調整後の「実質賃金」は下がることになる。

実質賃金が下がると、企業には人を雇うインセンティブが生じ、雇用市場の需給が引き締まる。逆に、先に実質賃金が上がってしまうと、企業は雇用を減らしたいと考えるから、失業が増えるし、経済活動が低下してモノへの需要も減ることになる。後者は、まさにデフレ下で起こっていた悪循環だ。

現実には、アベノミクスがスタートしてから、有効求人倍率が上昇し失業率の低下と、アルバイトなどの賃金が上昇した。一方、雇用と賃金が安定している、多くは正社員勤労者である中間層は、実質的な所得が下落した。アベノミクスは、当初の段階で、資産価格上昇によって富裕層を、労働需給の改善によって労働市場の弱者層を救う一方で、中間層の実質賃金を下落させる政策なのだ。

中間層の実質賃金下落は、政策がもともと予定していたプロセスであり、これらの層の実質所得が増加するためには、労働需給がタイトな状況が続くことが必要であり、加えて、企業の業績を悪化させないことと両立するためには、生産性が改善してこれが実質賃金の向上に反映する必要がある。

アベノミクスの三本の矢(一本目が金融緩和、二本目が財政出動、三本目が成長戦略)でいうと、三本目の矢が効果を発揮しないと、中間層の実質賃金は継続的に上昇しない理屈なのだ。

  • 賃上げとROEの関係はどうなっているのか?

賃金とROE(自己資本利益率)とは突飛な組み合わせの設問だと思われるかも知れないが、少々お付き合いいただきたい。

金融緩和によりビジネス環境を改善し、企業が儲かるようになれば、やがてはこれが賃金の上昇にも波及する、といういわゆる「トリクルダウン説」があるが、この状況は、必ず実現するとは限らない。

労働需給が非常にタイトであれば企業は賃金を上げざるを得ないが、そうでない場合、ビジネス環境の好転を、株主にとっての利益に集中させ、従業員には配分しない可能性がある。

政府が企業に賃上げを要請する異例の展開は、こうした現象を意識したものだ。現実的に、2014年度に関しては、全ての労働組合よりも安倍首相一人の要請の方が効果的だったが、2015年度に関しても、同様の流れになる可能性が大きい。

一方、この点に関連して気になるのは、政府が、日本企業のガバナンス改革を通じて、ROEの向上を促していることだ。ROEを向上させるために手っ取り早いのは、一つには人件費を含むコストの抑制であり、もう一つには利益を配当や自社株買いの形で株主に配分して、株主資本をスリム化することだ。どちらも、方向性としては賃上げに逆行する。

加えて、経営者自身の報酬は、企業の利益に連動する傾向が大きいし、自社株やストック・オプションなど株価に連動する報酬を受け取ることが多い。経営者は、「ROE向上」という名目を与えられると、自らの経済条件の向上のためにも賃金を抑制するインセンティブを持つ。

もともとビジネスが上手く行き利益が拡大すると、ROEは自然に拡大する。また、どの程度のリスクを取って利益を稼ぐか、粗利益をどのように配分するかといった問題は、個々の企業によって事情が異なるので、ROEは画一的に目標数値化することになじまない。

一見関係が乏しく見えるかも知れない賃金とROEだが、両方を上げようとすると矛盾を来す可能性があることに注意が必要だ。国がビジネスに適した環境を作るように努力することと、企業がビジネスで利益を上げるように努力することとに任せるのがノーマルだ。

  • 第三の矢は飛ぶのか?

「第三の矢はどうなっているのだ?」。多くの国民と投資家が、この点を最も気にしているし、この点で突破口を作るための政治的力を得るために、総選挙を行ったのだとするなら、今回の総選挙には経済政策的にも意味があったといえるだろう。

第三の矢のメニューは既に出揃っており、問題は、どう実行に移すかだ。

政権のやる気と実行能力について判断する一つの基準は、来年の通常国会に法案の形で具体的な施策が出るかどうかだろう。有識者を集めた審議会で審議されるような流れになると、はっきり言って官僚などの既得権者に時間を稼がれてしまい、総選挙で勝利したことの「勢い」が薄れてしまう(たとえば、民主党政権時代に、年金問題が何も進まなかったことを想起されたい)。

例えば、法人税率の大幅引き下げ、解雇の金銭補償を含む雇用の規制緩和、混合診療の広範な自由化、といった大物の減税や規制緩和が法案化されて次の通常国会に提出されるかを見たい。

有識者によって検討されるだけなら、投資家としては、アベノミクスからは、少なくとも「降りる」で構わないだろうし、株価等の水準によっては「売り」だろう。

  • 「異次元緩和」の出口は無事なのか?

日銀が大量の国債を買う異次元緩和に無事な「出口」はあるのか、という疑問はあり得る。デフレ脱却を目指している日銀としては、金融緩和の効果を削ぎかねない出口論議は時期尚早だという立場だろうが、投資家は、現段階で出口のイメージを持っておくべきだろう。

出口のあり方は、一足先に出口を迎えるであろうFRB(米国連邦準備制度理事会)のやり方が参考になろうが、日銀が、準備預金に利息を付ける形と、所有する国債を売る形と、国債の償還を待って徐々に所有する国債残高を減らす形、を市場を見ながら使い分けることができるので、大きな混乱は起こらないだろう。

但し、インフレ率が日銀から見て正常化した(目標に達し、且つ国民のインフレ予想を引き上げる程度の時間が経過した)と判断された場合、長期国債の購入は停止されようし、長期金利は市場での形成に任されるだろうから、その時には、少なくともインフレ率を考慮に入れた、今よりもたぶん2%以上は高い国債利回りになるだろう。

この場合、国の財政は当初の国債利払い増を将来の税収増が十分カバー出来るので問題はないだろうが、長期国債や金利上昇時に損が出る金融商品に投資していた金融機関などの経営が危機に陥る可能性は十分にあり得る。

出口としてもう一つ心配なのは、日銀がETFやREITなどの形で保有する非伝統的金融政策の対象資産の行方だ。ついでにいうと、デフレ対策に巻き込まれた感があるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が保有する株式や外貨建て資産も、これをずっと保有し続けることが適切か、また、不適切だとしても市場で売却出来るのかが少々心配だ。

一般論として、金融緩和政策の「出口」をそれほど心配する必要はないが、公的資金による株式の買い支えのような筋悪の政策をやり過ぎると、小さからぬ副作用がありそうだ。現在の「公的相場操縦」とでも言いたくなる、公的資金による株式を含むリスク資産の大規模購入については、投資家は「効果に期待を寄せつつも、その結果形成された資産価格は信用せず、場合によっては利食いに利用する」というくらいに考えるのがいいのではなかろうか。

些か長くなったが、「第三の矢」が有効に機能して、経済が成長して資産価格も上がる(時間的な順序は逆かも知れないが)、という展開になることが、投資家としても、国民としても、最も好ましい展開であることは間違いない。