• “増産凍結”は減少しつつあった足元の生産量を上向かせる口実?
  • 長期的に見ればOPECの原油生産量はピーク時とほぼ同等
  • 増産凍結は、6月のOPEC総会で“効果のある減産”を導くための布石?

 

2月16日(火)、サウジアラビア、カタール、ベネズエラ、そしてロシアの4か国が、原油生産量について協議し、これらの4か国の今後の生産量を今年1月の水準に凍結することで合意した。

 

翌日にはアラブ首長国連邦(UAE)、そして制裁解除後で今年生産量を増加させる意向を示していたイランもこの4か国による生産枠凍結を支持したと報じられている。

16日(火)の協議後の会見で、サウジアラビアのヌアイミ石油鉱物相は「これは最初のステップであり、今後数か月の状況を評価し、他の手段が必要であるか決める」としている。

その日の原油価格は、この会見後、一時反発したものの、反落し再び30ドル台前後に値を沈めた。

また、17日(水)のイランのザンギャネ石油相の言葉として「原油価格の回復のため、いかなる行動も支持する」と発言したと報じられたが、やはり価格は大きく上向くことはなく元の値位置に戻っている。

価格上昇要因にならなかったのは、増産凍結をめぐる一連の動きに以下の点があるためであると多くのメディアが報じている。

  • 生産の上振れがなくなるだけであり、現在行われている高水準の生産レベルは維持され、供給過剰および高水準の在庫という弱材料を解消するには力不足
  • そもそも価格上昇を明確に意図する“減産”ではない
  • 増産凍結の条件であるイラン・イラクなど他の生産国の合意・協調が必要であるという点がハードルが高く実現できない可能性がある

たしかに2月16日以降の原油価格の推移を見れば、この“条件付き原油増産凍結”は低迷を続ける原油価格を反発させる要因にはいまのところなっていない。

ただ、なぜ、このタイミングでこのような声明が出されたのか?なぜ減産ではなかったのか?本当に他国が追随する可能性はないのか?などについて掘り下げて考えていくことで関連する国々の“思惑”が垣間見えてくるようにも思えてくる。

本レポートでは、OPECとロシアの原油生産推移を中心に取り上げ、今回の“条件付き原油増産凍結”にも思惑が絡んでいるような気がしてならず、やや突飛な考え方ととらえられるかもしれないが、現在の筆者の考えを今回のレポートとしてまとめてみたいと考えている。

産業革命を経て世界中で本格的に石油が使われるようになった以降、特に供給側である、例えばかつての「メジャー」、石油カルテルと揶揄され現在でも世界の4割以上の原油生産を占め影響力を持つ「OPEC」など、これらの供給側(生産者)にまつわるエピソードには事欠かない。

そのエピソードを読み解く中でぶつかるのが“思惑”という半ば得体の知れない見えない力であり、原油相場に思惑は付き物とも言え、思惑を考慮していくことも大事なのかもしれない。

[参考]
OPECの行動と、その行動が原油価格に与える想定される影響
 増産する  ≒  価格下落を目指す
 減産しない ≒  価格下落を容認
 生産枠維持 ≒  現状の価格のトレンドを支持
 増産しない ≒  価格上昇を期待  (今回の増産凍結に相当)
 減産する  ≒  価格上昇を目指す

“増産凍結”は減少しつつあった足元の生産量を上向かせる口実?

図1:OPECの原油生産量の推移 (単位:百万バレル/日)

出所:EIA公表のデータより筆者作成

図2:ロシアの原油生産量の推移 (単位:百万バレル/日)

出所:EIA公表のデータより筆者作成

図3:OPECとロシアの原油生産量の合計の推移 (単位:百万バレル/日)

出所:EIA公表のデータより筆者作成

OPECもロシアも、2015年7月以降、原油の生産量は減少傾向にあった。

生産量が減少傾向にある中で、それ以上の生産量を上限とすることは、ある意味それが目標値となると考えられる。

そして、生産量減少を食い止めるように、1月の生産量という目標値どおりに生産が行われた場合、これは実質的に増産ということになるだろう。

これ以上の増産はしない、という今回のアナウンスは、言い換えれば、その量までは生産量を増やす可能性がある(一見すれば、生産量の増やさないという体で生産量を増やすことができる)、ということでもある。

長期的に見ればOPECの原油生産量はピーク時とほぼ同等

以下の図は、OPEC(13か国)とロシアの原油生産量の推移である。※ロシアは液化ガス含む。

図4:OPECの原油生産量(単位:百万バレル)

出所:EIA公表のデータより筆者作成

図5:ロシアの原油生産量(単位:百万バレル)

出所:EIA公表のデータより筆者作成

OPECの原油生産量においては、ほぼこの10数年間のピークにあり、ロシアにおいては日量11百万バレルの水準より生産が拡大しにくく生産の伸びが鈍化しているような状況にあるようにも見える。

これらの状況から考えられることは、OPECもロシアも、もともと、さほど生産拡大の余地を持ち合わせていなかったのではないか?ということである。

特にロシアの3倍の生産量であるOPECにおける「生産余力(スペアキャパシティ)」は、ピークだった2010年初めの半分以下に落ちている。

図6:OPEC生産余力(スペアキャパシティ) (単位:百万バレル)

出所:EIA公表のデータより筆者作成

また、以下はOPECの生産余力(スペアキャパシティ)と原油生産量を足した、「生産可能量」と、原油生産量の推移である。

図7:OPECの生産可能量と原油生産量の推移 (単位:百万バレル)

出所:EIA公表のデータより筆者作成

生産可能量(原油生産量+生産余力)は、ここ10数年33万バレル前後で推移し拡大しておらず、かつ、現在の水準は直近のピークだった34万バレルに近い水準にいることも見て取れる。

同様のことであるが、以下は原油生産量を生産可能量で割った値(生産率)である。

図8:OPECの生産率(生産可能量÷原油生産量)の推移

出所:EIA公表のデータより筆者作成

現在はここ10数年のピークに近い95%前後にいる。

これらのことからも、もともとOPECの原油生産の拡大余地は限定的になっていたと推測することができよう。

徐々に原油生産の鈍化傾向が見えつつあるロシアと現在のOPECの状況を考えるに、今回、彼らは「増産凍結」をうたったものの、実はさらなる生産量拡大はできたとしてもせいぜい2015年夏場の直近のピークまでで、増産凍結と同様のこれ以上生産量を増やさない状況は時間がたてば自然に起きる可能性があったのではないか、ということである。

OPECやロシアの腹の中にある“思惑”を想像しているため、突飛なアイディアであることを前提としているのだが、その上で、ではなぜ、あえて口にする必要もない「増産凍結」を宣言したのだろうか?という疑問が湧いてくる。

増産凍結は、6月のOPEC総会で“効果のある減産”を導くための布石?

冒頭で申し上げたとおり、16日のサウジアラビアのヌアイミ石油鉱物相の発言の中に以下の文言がある。

「これ(増産凍結)は最初のステップであり、今後数か月の状況を評価し、他の手段が必要であるか決める」

というものである。

今後、数か月(a few month)という表現だったが、例えば2月に協議した増産凍結について、3月より仮に(増産凍結が)実施されたとして、そのおよそ3か月後、ウィーンで開催される第169回OPEC定時総会(6月2日開催)のタイミングと重なる。

確かに報じられているとおり、たとえイランが増産凍結に合意したとしても、それは合意であって実施ではないため、今後イランは予定通り原油輸出を再開し、この増産凍結という合意は崩壊し、原油価格が一段安となる可能性がある。

ただ、このシナリオに“数か月後のOPEC総会”という時間とイベントの要素を取り込んだ場合どうだろうか?

筆者が17日(水)のテヘランで行われたイランのザンギャネ石油相のインタビューのコメントを読んだ時、率直に感じたのは、よくイランは合意したな・・・というものだった。

サウジアラビアとイランという関係の根深さ、今年初めに起きた暴動などを考えれば、何かイランにメリットになることが伝えられたのではないか?ということである。

上述のとおり、OPECでは特に、ロシアも鈍化という流れでこれらの国の原油生産量は、よほどインパクトが大きい事象が発生して生産余力(スペアキャパシティ)が拡大する、もしくは余力限界まで生産を増やすかをしない限り、生産量は横ばいあるいはいずれ減少するものと推測される。

その流れか、昨年の夏場からの生産量減少傾向が確認されているが、2016年1月のOPECの生産量は、直近のピークである3,200万バレル/日から40万バレル減の3,160万バレル/日となっている。ロシアとOPECの合計では直近のピークからおよそ50万バレル減少している。

図9:OPECの原油生産量の推移

出所:EIA公表のデータより筆者作成

図10:ロシアの原油生産量の推移

出所:EIA公表のデータより筆者作成

図11:OPECとロシアの原油生産量の合計の推移

出所:EIA公表のデータより筆者作成

この40万から50万バレル/日という量の減少は、これまでにイランが制裁解除後半年以内に増産すると報じられた30万から50万バレルの値と一致している点は気に留めておきたいところである。

OPECとロシアは、全体として生産量を増やさずに(価格に下落圧力を加えることなく)、イランが復活する道筋を作ることを達成できただけでなく、生産能力のピークを迎えてから徐々に衰え始めていたOPECとロシアの原油生産を、イランに補わせることで、OPEC+ロシアの世界の原油生産シェアを維持することもできると考えられよう。

“増産凍結”の水面下で各国の“思惑”が交錯しながら、仮に6月2日(木)までに合意にこぎつけることができれば、その頃にはサウジアラビアをはじめとしたOPECとロシアが協調して行動を起こす下地ができあがっており、始めて“効果が見込める協調減産”への話し合いができることになるかもしれない。

今回の“増産凍結”の件は、足元の単発の材料ととらえるのではなく、次回の総会に影響する可能性がある材料と考えることも必要なのではないだろうか。