トランプ氏が大統領に復権しても経済合理性に反することはない
――トランプ氏が11月の大統領選で復権したら、米国第一主義で多国間協調が壊れてしまう懸念もあります。
トランプ前政権の4年間を振り返ると、TPP(環太平洋連携協定)離脱など新聞ネタになるようなことをしていましたが、実務面は基本的に各省庁の官僚がきちっとしていました。安全保障面での中国封じ込めは極めて正しい方針です。トランプ氏は実利や経済合理性を重視しています。
ロシアには甘かったですが、米中問題の一番重要なところはきちっと押さえていました。
トランプ氏の米国第一主義を怖がる必要はないと思います。グローバリズムが行き過ぎて、どの国も国民目線の政策を重視する一国主義的な側面があります。
もちろん安倍晋三元首相のように駄目なことは駄目と言える関係は大切です。丁寧な外交をしていれば、トランプ氏がとんでもないことはしないと思います。米国第一主義で日本と欧州が米国とたもとを分かてば喜ぶのはロシアと中国だと説明する役目が必要です。
安倍さんは「自由で開かれたインド太平洋」の理念を掲げて、地域の安全のために民主主義国の結束を呼びかけました。新冷戦の対立軸をよく認識していました。アベノミクスは評価できませんが、外交センスがありました。
今の自民党は政治資金パーティーを巡る裏金問題でガタガタなので、安倍外交の継承は難しい気がします。中国への対抗策として米国との連携を崩したらアウトです。
――トランプ氏がFRBに景気を浮揚させるために利下げをするよう強い圧力をかけるのではないかと心配もあります。インフレが高進する危険はありませんか?
金融政策はそんなに心配の必要はありません。トランプ氏はこれまでの利上げに不満を持っているので、パウエル議長の再任はしないと思います。別の新総裁を連れてきて、「グレートな中央銀行家だ」とPRするかもしれません。彼は典型的な米国人です。
現職のバイデン政権も景気刺激のために利下げをしてほしいと心の内では思っていると思います。ただバイデン氏は古い政治家で、Fedの独立性を尊重して圧力をかけることはしないでしょう。圧力をかければ、通貨の信認が壊れかねません。
ただ、それを破ったのがトランプ氏です。トランプ氏は大統領在任中に利下げ圧力をかけました。昔はドルは弱かったですが、最近はドルが強いので変わってきたかもしれません。利下げには追い風です。
――ロシアによるウクライナ侵攻に関して、トランプ氏が大統領になったらウクライナ支援がなくなるのではと危惧もあります。欧州の政治経済にかなり痛手になりませんか?
本当に手を引いたら大変です。トランプ氏が分かりづらい点は何でも取引材料に使うことです。交渉カードとして過激な発言をしているので、額面通りに受け取らない方がよいです。
おそらくウクライナ支援はするけども、欧州各国にGDPに見合う国防費負担比率を上げろと持ち掛けるバーター取引でしょう。交渉カードを切って取引をするのがトランプ氏のやり方です。ウクライナがロシアに負けたら、欧州は困ります。特にポーランドやバルト三国はロシアに戦々恐々で、ウクライナが負ける選択はないと思います。(聞き手はトウシル&メディア編集部 田嶋啓人)
中島精也氏(なかじま・せいや)福井県立大客員教授、丹羽連絡事務所チーフエコノミスト。1947年熊本県生まれ。横浜国立大卒。伊藤忠商事に入社後、調査情報部や為替証券部などを経て、1994年ifo経済研究所客員研究員、2006年秘書部丹羽会長(当時)付チーフエコノミスト(経済財政諮問会議担当)。2015年より丹羽連絡事務所チーフエコノミスト。鳩山由紀夫首相のエコノミスト懇談会、内閣情報調査室国際金融研究会、中央大学国際金融研究会、PHPグローバル・リスク分析プロジェクトにメンバーとして参加。
著書に『新冷戦の勝者になるのは日本』『傍若無人なアメリカ経済』『グローバルエコノミーの潮流』『アジア通貨危機の経済学』など。
トウシルで書籍を紹介した記事はこちら『新冷戦の勝者になるのは日本』
▽トウシルのインタビュー記事
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