2%の期待インフレ率がアンカーされるまで緩和継続を
──黒田前総裁が在任中の2022年12月にYCC政策の2度目の修正を行いましたが、市場では当時サプライズと受け止められました。黒田氏がその決定以前に、YCCで0%程度に抑えている長期金利の許容変動幅の拡大は利上げに当たるとの認識を示して、変動幅拡大に否定的な発言をした経緯があったからです。2022年12月の変動幅拡大後は「利上げではない」との説明に転じました。日銀が今後、政策修正を進める中で、市場との対話にどのような課題がありますか?
それは大きな課題です。正解があるわけではありません。コミュニケーションの難しさは、突き詰めて言うと期待インフレ率がうまくアンカーされてないことに尽きるわけです。日銀がマイナス金利を解除するなら、どういうメッセージを発するのかが大事です。
日銀が抱えている一番大きな問題は企業や消費者に長年染みついたデフレマインドが抜けきれず、2%の物価目標を安定的に達成できるか見えていないことです。
米国のFRBが今回、インフレ抑制に成功したと言われるようになったのは、長期のインフレ予想は多少でこぼこがありましたが、ほとんど変わりませんでした。国民や市場にこれまでのFRBの政策に対する信頼があり、コミュニケーションも比較的しやすかったわけです。
一方、日銀にはそういう実績がありません。総裁の記者会見でもメディアに「どうせ2%にはいかない」「デフレでいい」という考えの記者もいて、そうした中でのコミュニケーションになります。だから2%目標を達成しなくてはいけないというときに、デフレマインドにいつも引き寄せられてしまう側面があります。
期待インフレ率をきちんと2%にアンカーさせるべきだと思います。特に難しいのは、日本のインフレ予想は「適合的期待形成(現在の物価上昇を元に将来の物価を予想すること)」が強いと言われてきて、期待インフレ率の上昇に時間がかかります。
実際に物価が上がる局面だとインフレ予想も上がりますが、日本は長年デフレが続いたので、目の前の物価上昇が落ち着くとインフレ予想が下がってしまいやすいです。
2%のアンカーがしっかり固定されるところまで見極める必要があります。通常は「フォール・ビハインド・ザ・カーブ」という言い方をしますが、私は「ゲット・ビハインド・ザ・カーブ」という考えで、物価上昇がしっかり続くと見届けた上で政策修正をした方がいいと思っています。
それに比べると、世の中で副作用と言われるもの(国債市場の流動性低下、預貸利ざや縮小による金融機関の収益減少など)は小さいことだと思います。
副作用を大きくフレームアップする人たちからすると、一刻も早く金融政策を直せという話になるのですが、そういう意味でコミュニケーションの難しさは物価目標が今しっかりアンカーされていないことから来るものだと思います。(聞き手はトウシル編集チーム・田嶋啓人)
若田部昌澄氏(わかたべ・まさずみ)1965年生まれ。早大卒。早大院経済学研究科、トロント大経済学大学院で学ぶ。早大政治経済学術院教授などを経て、2018年3月から2023年3月まで日銀副総裁。2023年3月に早大教授に復帰。神奈川県出身。専門は経済学史。著書に『危機の経済政策』、『経済学者たちの闘い増補版 脱デフレをめぐる論争の歴史』など。
▽日銀関連のトウシルのインタビュー記事
2023年12月11日:「日銀、マイナス金利会派所は来年4月か!?来夏から0.25%ずつ利上げも 早川英男元日銀理事」
2023年10月24日:「『永遠のゼロ』終わる可能性も、日銀政策修正は来年春闘が焦点 門間一夫元日銀理事」