米景気上振れリスク高く、日銀は政策修正チャンスと捉えている

──市場では米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)の利下げサイクルと、日銀の利上げサイクルが重なって、金融政策の方向性の違いから急激な円高のリスクも懸念されています。

 欧米をはじめ世界の中央銀行はこれまで利上げをしてきて、今一時停止の状態です。これから利下げのフェーズに入っていくわけです。それに対して、日銀が利上げのフェーズに入れば、金融政策の差は為替に反映してくるので、円高に急激に振れるリスクはあります。

 ただ、円相場は1ドル=147、148円といったレンジで推移しており(2月19日現在では1ドル=150円前後)、10円ぐらい円高になっても1ドル=138円です。日銀は為替にのりしろがあると考えているのかもしれません。

最近の対ドル円相場

──1月の米雇用統計が強い内容で、3月に米利下げがあるとの見方が後退し、5月との観測も若干弱まりました。日銀はFRBが利下げに入る前に政策修正をしたいと考えているのでしょうか。

 欧米の利下げサイクルが始まる前に日銀が政策修正をしたいという考え方はあり得ると思います。FRBが利下げサイクルに入ったところで、こちらが利上げすると、円高に急に動くかもしれません。

 実際に1月の日銀の金融政策決定会合では政策委員らの「主な意見」の中に、海外の金融政策が利上げに転換すると政策の自由度が低下するので、「現在は千載一遇の状況」との発言がありました。日銀は、欧米が利上げから利下げに転じる前の「チャンスの窓」を使って、利上げすべきだと考えている節があります。

 米景気はソフトランディング(軟着陸)するのではないかと言われることが多くなってきました。さらに再加速してテイクオフ(離陸)するんじゃないかという、もっと強気な見方もあります。米経済があまりに良いので、1970年代の高インフレ時のように政策の「ストップ・アンド・ゴー」が続く危険もあります。

 つまり、インフレ率が2%まで下がらないうちに利下げに転じて、インフレが再燃するリスクです。FRBがインフレ抑制のためにもう1回利上げするとなると、為替などにいろんな影響が出てきます。

 いずれにしても米経済は下振れより上振れするリスクの方があります。もちろん下振れリスクもないわけではありません。米政府が財政政策で家計に配布したお金が今ちょうど使い終わり、今後は家計に支出する余力がないとも言われています。とにかく米経済の調子が良いことは日本経済に良いことなので、日銀の金融政策の修正には追い風です。

黒田氏、金融政策は円安是正ではなく物価安定特化の考えだった

──政府側では、財務省が今月、2027年度に国債の利払い費が2024年度の1.6倍に増えるとの試算を出しました。神田真人財務官が昨年10月に円相場が激しく下落した場合に「金利を上げることによって資本流出を止めるか、為替介入で過度の変動に対抗する」との発言をしました。政府から日銀に利上げを持ちかけるようなサインが相次いでいるようにもみえますが、政府との政策連携で日銀が動くこともあり得ますか?

 そこは推測でしかないですが、財務官は普通、日銀の金融政策には言及しません。あえて言及したということは政府側の意向を伝えていたということだと思います。

 政府と日銀のチャンネルが実際どうなっているか分かりませんが、円安の急激な進行に政府や政治家の評判は良くないし、世論も円安に合意したわけではないですよね。物価が円安によって上昇した部分は実際には本当にわずかしかないのですが、円安で物価が上がったと受け取られがちです。

 日銀に円安是正のため金融引き締めに動いてくれるよう期待する人たちはいますが、黒田前総裁の態度は非常に明確でした。黒田前総裁は元々財務官を務めていたので、為替が問題だったら通貨当局の財務省が為替介入でも何でもやればいいという考えですよ。金融政策はあくまで為替とは関係なく、物価安定の目標に特化すべきだと。

 今の植田総裁は少なくとも黒田前総裁のように断固たる信念を持って、円安是正への期待をはね返すような感じではないんじゃないでしょうか。

 為替は政治と経済の結節点で、政治問題化しやすいです。国民にも分かりやすいがゆえに円安になることがデフレ脱却とパラレルに捉えられている節はあります。2013年に本格的に始まったアベノミクス以降、円高が是正されて企業収益の改善に結びつきましたが、あまり急激に円安に動くと歓迎されないんです。

──政府と日銀は2013年1月にデフレ脱却と持続的な経済成長のための共同声明を出しました。岸田政権は経済政策でデフレ完全脱却を掲げていますが、政府と日銀が改めて共同声明でデフレ完全脱却を宣言することはあり得ますか?

 そういう手続きはないと思います。少なくともマイナス金利解除と政府の完全脱却宣言は切り離して考えるべきです。政府がデフレ完全脱却宣言をする可能性はありますが、それもハードルが高くて、悪い意味でのよほどの蛮勇が必要でしょうね。物価上昇率が宣言後にマイナス圏になることはなくても2%を維持できない可能性があります。

 また、「政治とカネ」の問題など政府への批判が多い中で、宣言にどういう政治的な反応があるかも見ないといけません。デフレからの完全脱却というときに必ず出てくる国民の反応は、「生活は苦しい」といったもので、批判を浴びる可能性もあります。

 中央銀行は政府からの独立性があって、政策の目標は政府が決めて、手段は日銀が決める。私もそれに近い考えです。1998年に施行された日銀法で日銀の自主性が定められています。これは政府と国会が日銀に日銀法で物価の安定を図るという使命、目標を与えたわけです。

 政府がデフレから完全に脱却したと宣言して、日銀がマイナス金利を解除するやり方は、日銀は非常に嫌がるのではないでしょうか。日銀が物価安定目標を達成できると思ったら、いかようにも政策変更していいわけです。だから政府側からノイズを増やしてほしいとは思わないんじゃないでしょうか。