日銀総裁チャレンジング発言で1ドル=141円台後半に

 12月7日のニューヨーク外国為替市場の円相場は一時、1ドル=141円台後半を付け、8月以来約4カ月ぶりの円高ドル安水準となりました。日本銀行の植田和男総裁の7日午前の国会答弁をきっかけに大規模金融緩和政策の修正が早まるとの見方が強まり、為替相場は円高で反応しました。ただ、その後8日の東京市場では1ドル=144円台を付け、円安に揺り戻す場面も出ています。

 今後の日銀の政策修正や為替相場の見通しについて、楽天証券経済研究所チーフエコノミストで、日銀政策委員会審議委員のスタッフも務めた愛宕伸康氏にオンラインで話を聞きました。

植田総裁の真意は「市場に織り込ませるための情報発信」

 為替相場に激震を走らすことになった植田氏の発言は、7日午前からの参議院財政金融委員会で立憲民主党の勝部賢志議員からの質問の最後で今後の業務全般の取り組みへの所見を尋ねられたことに対する答弁でした。

 植田氏は「チャレンジングな状況が続いているが、年末から来年にかけて一段とチャレンジングな状況になるとも思っている」と発言。植田氏が「年末から来年にかけて」と時期を明確に述べたことで、今月18、19日に開かれる日銀の金融政策決定会合で、マイナス金利解除が決定されるのではないかとの観測が市場の一部で高まりました。

 市場ではこれまでマイナス金利解除を来年4月とみる見方が優勢だったために、円高への振れ幅が大きくなりました。7日午後には岸田文雄首相と植田氏が首相官邸で面会したことも伝わり、解除前倒しの見方がさらに強まりました。8日の東京株式市場では輸出関連銘柄を中心に売られ、日経平均株価(225種)終値は前日比550円45銭安の3万2,307円86銭でした。

 植田総裁の発言の真意はどこにあるのか。愛宕氏は「『年末から来年に一段とチャレンジングになる』というのは質疑応答の最後に脈絡がなく出てきたようにも聞こえるが、意図的な発言ではないか」と指摘します。「日銀は想定問答を準備していたが、議員から質問がなく答える場がなかったので無理やり答弁の最後にねじ込んだのではないか」と分析します。

 年末という時期について、植田氏は9月の読売新聞のインタビューでも「(賃金と物価の好循環が自律的に回っていくかどうか)年末までに十分な情報やデータがそろう可能性はゼロではない」と述べており、愛宕氏は「今回の国会での発言は読売記事を上書きするものだ」とひも解きます。

 サプライズ手法が目立った黒田東彦前総裁時代の日銀とは違い、現在の日銀は政策変更が近い場合には市場にサインを送るようなスタイルに変わりつつあると指摘した上で、最近の氷見野良三副総裁や審議委員らの講演なども含めて、「今回の植田総裁の発言はマイナス金利解除を市場に織り込ませるための情報発信の一環だ」と説明します。

来年1月にマイナス金利解除、来年末向け1ドル=135円台か

 愛宕氏はマイナス金利の解除時期について「12月の金融政策決定会合ではなくて、来年1月の会合ではないか」と見通します。一方で、「マイナス金利を解除しても、さらなる利上げはしばらくできないのではないか」と述べます。

 日銀が金融引き締めを進めるのが難しい理由は海外情勢です。市場では、来年は米国や欧州の景気悪化が懸念されており、米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)や、ECB(欧州中央銀行)が早期の利下げに転じるのではないかとの思惑が高まっています。

 愛宕氏は「これまでも日銀が金融政策の正常化をやっと始めた時に、米欧の景気悪化で進められなくなった歴史を繰り返してきた。日銀が米欧より周回遅れで金融引き締めをするのは難しい。日銀はマイナス金利を解除しても強い緩和策を維持する姿勢を取り続けるのではないか」と話します。

 また、国内景気にも不安があります。内閣府が12月8日に2023年7-9月期のGDP(国内総生産)改定値を発表し、実質で速報値の年率換算2.1%減から2.9%減に下方修正しました。最新の統計での個人消費減少が要因で、需要不足が深まる形となりました。

 日銀が進めてきた大規模金融緩和の根拠となっているのは、政府と日銀が2013年1月に発表したデフレ脱却と持続的な経済成長の実現に向けた共同声明です。内閣府はこのデフレ脱却の条件の一つに需給ギャップがプラスになること(需要が供給力を上回ること)を挙げていますが、愛宕氏は「政府と日銀がデフレ脱却とは言いづらい状況」とみています。

 為替相場に関しては、米欧で金融緩和が進み、日本との金利差縮小を背景に「来年末に向けて緩やかに円高となり、1ドル=135円台まで進むのではないか。短期的にはそれよりも円高になるかもしれないが、135円台を中心としたレンジでみている」と話していました。(トウシル編集チーム・田嶋啓人)

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