相続財産1億円程度では相続税対策は確かに不要だが

 前回のコラムにて、相続財産が1億円程度のご家庭であれば、特段の相続税対策は不要と申し上げました。

 相続財産1億円と聞くと、「我が家はそんなにお金ないよ」と思う方も多いでしょうが、都心部で持ち家の方は、結構簡単に相続財産1億円に達します。

 1億円までは行かなくても、例えば夫婦および子供2人で、夫が亡くなって相続人が妻と子供2人の計3名であれば、基礎控除額である「3,000万円+600万円×3名=4,800万円」を超える相続財産を夫が持っていれば、相続税の申告および納税が必要となります。

 ただ、相続税では、「配偶者の税額軽減」と「小規模宅地等の特例」という特例が設けられているため、これらを使うと実質的に相続財産を基礎控除以下に抑えることができるケースが多いです。

「配偶者の税額軽減」と「小規模宅地等の特例」のキホンの基本

 配偶者の税額軽減とは、配偶者が相続人の場合、法定相続割合(2分の1)もしくは1億6,000万円のいずれか多い方までは、配偶者が取得する相続財産には課税されないという制度です。

 ですから、事実上配偶者は1億6,000万円まで相続税非課税で財産を相続することができるのです。

 したがって、相続財産が1億円あり、これを配偶者が全て相続したならば、相続税はゼロとなります。

 小規模宅地等の特例とは、被相続人の自宅を配偶者や同居親族が相続した場合など、一定の要件を満たす場合は自宅の敷地(土地)の評価額を、330平方メートルまで80%減額するというものです。

 この他に、貸付用不動産の敷地であれば200平方メートルまで50%減額する、などというものもありますが、この特例は大変複雑なので、今回はこれ以上の説明は割愛します。

 小規模宅地等の特例を使うと、例えば評価額6,000万円の土地が、4,800万円減額されて1,200万円まで評価額が下がることになり、特に都市部の自宅の敷地には大きな効果を発揮します。

配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例はいつでも使えるわけではない

 こんな良い制度があるなら、1億円くらいの財産なら何も心配ないね、と思われたかもしれません。しかし、実はこれらの制度には大事な注意点があるのです。

 それは、配偶者の税額軽減や、小規模宅地等の特例を使うためには、相続財産につき遺産分割が行われている必要があるということなのです。

 ですから、遺産分割協議がまとまらず、相続税の申告期日の時点で未分割の財産については、配偶者の税額軽減も、小規模宅地等の特例も使うことができないのです。

(例1)
〇夫:被相続人、妻・長男・長女:相続人
〇相続財産:預貯金5,000万円、有価証券5,000万円 計1億円

(例2)
〇夫:被相続人、妻・長男・長女:相続人
〇相続財産:自宅の土地7,500万円、自宅建物500万円、預貯金2,000万円  計1億円

 もし(例1)で、相続財産の全てを妻が相続するという遺産分割協議が整ったとすると、配偶者の税額軽減を適用して相続税はゼロとなります。

 しかし、遺産分割協議が申告期日までまとまらず、未分割の状態であった場合、配偶者の税額軽減を適用できず、法定相続分で各相続人が共有しているという扱いになります。

 その結果、妻は340万円、長男および長女はそれぞれ145万円の相続税を納めなければならないのです。

 また、(例2)で、自宅土地に小規模宅地等の特例が適用できるとなると、自宅土地の評価額は1,500万円に減額されます。これと自宅建物、預貯金を合わせると相続財産は4,000万円となり、基礎控除額である4,800万円を下回り、相続税はゼロとなります。

 しかし、遺産分割協議が申告期日までまとまらず、未分割の状態であった場合、小規模宅地等の特例を適用できず、法定相続分で各相続人が共有している扱いとなります。

 その結果、妻は340万円、長男および長女はそれぞれ145万円の相続税を納める必要が生じるのです。

遺産分割が整わないことによるもう一つの問題点とは?

 相続税の申告期日までに遺産分割協議がまとまらず、未分割の状態になっていると、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を使うことができない点は上でお話ししました。

 その結果、相続税を納税しなければならなくなるのですが、この納税資金は、被相続人の相続財産から工面することは原則できません。なぜなら、未分割の場合、被相続人の相続財産は相続人全員の共有であり、相続人の1人が勝手に引き出して納税に充てることはできないからです。

 ですから、先の例であれば、340万円なり、145万円なりを自分自身が有している資産を取り崩して支払わなければならないのです。

 金額が大きくなると、かなり大きな痛手になるはずです。下手をすると自身の財産では到底支払えない、という事態に陥ってしまいます。

 申告の際に、「申告期限後3年以内の分割見込書」という書類を提出し、実際に申告期限後3年以内に遺産分割協議がまとまり、そこから4カ月以内に更正の請求を行えば、払いすぎていた税金が還付されます。

 でもこれは諸特例を使わずに相続税を納付した後の話であり、1回は自身の財産から相続税、しかも特例を使えない形で支払わなければならないというのは結構きついと思います。

未分割の状態を防ぐためには?

 特に相続人間の仲が悪かったり、相続人の中に前妻の子と後妻の子という、赤の他人のような人が混ざっているときは、特に遺産分割協議がまとまりにくくなります。

 でも、遺産分割協議がまとまらないと相続税の特例が使えないため、相続人にとって大きなダメージとなりますし、資金負担も必要となります。

 そこでお勧めしたいのが、「遺言書をあらかじめ生前に書いておく」ということです。特に相続人間で仲が悪かったり、前妻の子と後妻の子がいるような場合は、遺産分割協議そのものが決裂する可能性もありますから、なおのこと遺言書を遺してあげることが重要です。

 遺言書があれば、相続人などの全員がそれを撤回して遺産分割協議を整えない限り、遺言書の内容が優先され、それに従って相続財産が各相続人に相続されます。

 筆者も、遺言書がなかったことにより骨肉の争いになった事例を何度も見てきましたし、そのたびに「遺言書があればこんなことにならなかったのになあ」と感じます。

 もしご自身が財産を渡す立場であればご自身の遺言書を、親御さんがご健在でご自身が財産を受け取る立場であれば親御さんの遺言書を、しっかりと準備しておくことが望まれます。

 遺言書があるだけで、遺産分割にまつわるトラブルの多くを回避できますから、早めに検討し、実際に作成することをお勧めします。