【質問】
 現在、生活防衛資金を除く大半を全世界株式に投資するインデックスファンドに投資すると言う投資戦略をとっています。30代後半の幼児が2人いる正社員共働き家族ですが、お金が必要なら躊躇なく解約と言う形で過去何度か一部解約も行なっています。
 しかし、ここ最近は解約するぐらいなら必要ないとお金を使う方をやめる比率が大きくなってきました。
 前置きが長くなってしまいましたが、ズバリ、
お金持ちなのに貧乏臭くなってしまうのはどうすれば解決できるでしょうか?
 山崎元さんが読まれた事があるかわかりませんが、『DIE WITH ZERO』の内容が少し心に刺さる気がします。
(※ 質問文の前後をカットして編集しました)

【回答】
 お金を貯めることよりも、お金を増やすことよりも、お金を使うことが楽しい。これが正常な状態でしょう。





 

 貯めたり、増やしたりの方が楽しい、さらに進んで、そう思わないと不安だというのは、マルクスの用語で言うところの「貨幣の物神性」(おどろおどろしくて、素敵な訳語ですね)に取り憑かれてしまった残念な人間の状態でしょう。「治療」が必要な症状ではないでしょうか。

 私は、ちょうど、ある本の解説文に「自分に自信のない、他人からの信用を持っていない人物ほど、貨幣を持ちたがる」という意地悪な文章を書いて編集部に送ったところでした。

 さて、「DIE WITH ZERO」を早速読んでみました。以下のように理解し、概ね賛同しました。

(1)経験には、それを最も楽しむことが出来る年齢や機会があり、その時にお金を使うことが、人生を通じたお金の使い方の最適化につながる。
(2)高齢までお金を貯め込んでも、能力や立場的に十分楽しめない経験が人生にはある。楽しむ能力の高い(ピークは26歳〜35歳)若い頃につまらない小金を貯め込むな。
(3)「仕事が楽しい」を言い訳にするな。仕事をするのはいいとして、お金には使い時がある。

 全くその通りだと思います。著者の友人が借金してまで敢行したバックパック旅行などは、20代でなければ楽しめない貴重な経験だったでしょう。

 但し、この本の著者(ヘッジファンドの運用者)と私とでは、そもそも経済的なスケールがちがいますが、その他に、「最適化」の趣味が少しちがいます。私は、「日常」が大事なので、日常がくすんで見えるようなコントラストを人生に求めていません。「特別な日」をできれば作りたくない。妙な趣味かも知れませんが、そう思いながら人生の最適化に取り組んでいます(「最適化」という発想法には職業柄私も大いに馴染みがあります)。

 さて、質問者に「気分のいい無駄遣い」をお勧めしなければなりません。

 もともと私は、ナチュラルにやや浪費家で(母の血の影響でしょう)、同時に「自分のお金」に対する関心が薄い性格です(自分が今いくら持っているのか、正確には知りません)。放って置いても「吸った息を吐くように」お金は出ていくのですが、さりとて借金をするほど抑えがたい支出欲があるわけでもありません。「吸った息以上には吐かない」。こんな感じの中途半端な消費者として、気持ちのいい支出を2種類提案します。

 体験に基づく私のお勧めは、一つには「気分のいい高級品」の購入と、もう一つは「少しずつグレードを上げる支出の楽しみ」です

 ちょうど、20年前のことです。腕時計が欲しくなりました。私のようなファッション・センスのない男性はアクセサリー的なものを楽しむことは難しい。ピアスもネックレスも無理です。では、指輪は? 私は伝書鳩ではないので嫌です。

 しかし、機械式の腕時計ならばいいのではないかと思った時に、時計に対して猛烈な物欲が湧きました。

 いい時計を所有するからには、自分の価値観に合っていて、他人へのメッセージとしても悪くない時計が欲しい。条件は以下のようなものでした。

 メカは正確な方がいい。「特別な日」を作りたくない価値観としては毎日使えるものがいい。誰が見ても分かるロレックスみたいなものではない方がいい。めったに使わないのに値段だけ高い複雑機能はない方がむしろ好ましい。目立つ宝石のようなものはない方がいい。シンプルで文句なく高級だと言えるものはないか。

 時計を解説した新書本や雑誌を含めて何冊か本を読んで調べました。好ましいと思ったブランドは、一番がパテック・フィリップで、二番がブレゲでした(ブレゲには今でも時々心が動きます)。

 結局、パテックのシンプルな時計を相次いで3本買いました。当時、数百万円の出費です。それから一年間ぐらい、正直なところ、「無駄遣いをしたかなあ」と少々後悔しました。

 3本もいるのか? という疑問はもっともなのですが、当時はある種の勢いがついていたし、用途別の使い分けは結果的に大変上手く行きました(一本は後に友達にあげて喜ばれました。これも立派な用途です)。

 それから20年経ちましたが、毎日甘やかさずに使っていて、傷などもそれなりに出来ていますが、今でも「うん、いい物を買った」と思えて密かに満足です。中古品を扱う時計屋さんに売ると、どうやらかつての買値の2倍以上で売れるようなのですが、売ろうという気持ちはありません。

 長く使える高級品を気合いを入れて選んで買ってみる行為は、ショッピングを気分のいいものとして定着させる上で効果的ではないかと思います

 当時はまだアップル・ウォッチが世になかったので、機械式の腕時計が私にとってちょうどいいアイテムでした。

 スマホやPCやカメラや自動車は、愛用するとしても時間の経過と共に型が古くなるし、不動産を買うとなると大事(おおごと)だし、当時の私には腕時計がちょうど良かったのだと思います。

 ただ、一つだけ残る論点は、私はたぶん無意識のうちに自分の経済力に合わせてカメラや腕時計辺りを対象とする物欲で人生を過ごしてきましたが、自分の物欲対象が、高級車だったり、不動産だったり、美術品の蒐集だったりしたら、もっと稼ぐべく努力したのではないかと思うことがあります。

 どうなのだろうか?

 もう一つの無駄遣いのお勧めは、いい物の良さが少しずつ分かるような対象に少しずつお金を流し込んで行くような消費です。

 質問者はお酒は好きですか? 例えば、ワインはいかがでしょうか

 仮に、ピノノワールの赤ワインが気に入ったとして、一本何十万円もするようなワインを予備的な経験なしにいきなり飲んでも、「美味しいな」とは思っても、どう美味しいか言葉に出来なくて残念なのではないでしょうか。

「俺は、○○年物の×××を飲んだことがある」と唐突に経験だけを誇ると、悪くすると単なる成金趣味だと思われる可能性さえあります。しかし、秘密にしておくのも卑屈で嫌です。ワインは気持ち良く飲んで、正直に語りたい

 この種のものは、少しずつステップを踏むように対象のグレードを上げていくのが楽しい。お金だけではなくて、時間と手間が必要なところにも良さがあります。安い物には安いなりに、美味しさ、有り難さがあるし、何よりも同じくらいのグレードのものの中で個性や美味しさにちがいがある。先ずは、ここを十分に楽しみたい。普通は、たくさん飲んでいるうちにちがいが分かってくるし、ある程度飲まないと「差」は分からない。

 ちがいが分かって来たなと思ったら、「少し」値段を上げて「もう少し良さそうな物」を試してみる頃合いです。多少のバラツキはありますが、平均的に見て値段は裏切らない。

 ピノノワールだと、カリフォルニアにもニュージーランドにも美味しいものがあり、(特に後者は)「コスパ」が素晴らしかったりもするので、好みがあればそちらを攻めてもいいと思いますが、普通は、割高ではありますがブルゴーニュのワインに惹かれるのではないかと思います。

 これを、単にブルゴーニュ産というところから(それだけだと他地域に対して単に割高だと普通は思うでしょうが)、先ずは醸造年によって差があることを前提として確認しつつ、次にはブルゴーニュの地域別、その次には地域内の村別、さらに個性のある村のブドウを使って生産者によってどのようなワインを作るのか、といった調子で少しずつ対象を絞り込んでいくと楽しさが深まります。

 一本当たりの値段は徐々に上がって行きますが、値段が上がると、味がよくなることを確認できると、「値段には相応の価値がある」と消費の有り難みが生理的なレベルで「実感」できるのがいいところです

 私は、三年くらい前から昨年にかけて、頻繁にブルゴーニュのワインを飲んで、村のちがいの辺りまで入りかけて(この辺だと、酒販店で一本1万数千円くらいからです)、「なるほど楽しいものだけれども、お金が掛かるなあ」と思っていたら、病気のせいでドクターストップが掛かりました。

 残念な気持ちが8割5分、ほっとしたのが1割5分でした。

 ワイン以外にシングルモルトを中心にウィスキーでも同様なことが出来ますし、その他のお酒や、食べ物でも、「じわじわと、いい物を!」という消費は可能です。

 因みに、私は、ワインよりもウィスキーの方が付き合いが長くてより詳しいのですが、ウィスキーは能書きを言うために必要な知識量がワインよりは一桁少ないし、保存や管理が楽なので趣味にしやすい。しかし、その分ついコレクションしてしまいそうになるし、「差」を味わって飲み比べるためにはかなりの飲酒体力が必要です。

 日常的に付き合えて、じわじわとよりいい物に引きずり込まれる感じはワインに底力を感じます。元気になったら続きをやってみたいと思うのですが、しばらく間が空くとまた基礎から飲み直す必要がありそうです。それはそれでまたコスパが良くていいのかも知れません。

 一点豪華主義的な品物の購入や、じわじわとよりいい物に引きずり込まれる消費を例に挙げましたが、「お金を使うことは楽しい!」。これは間違いないし、そう思うのでないと困るし、寂しい

 気持ち良く「奢らせてくれる」友人でもいれば、飲食に誘って、大いに楽しんで貰って、「ああ、お金を使うのはいいことだなあ!」と思うのが、最も手っ取り早いような気がしますが、「お金を使う楽しみ」を大いに味わって下さい。人生がより明るく感じられるはずです。

 ご質問の回答を書いてみて、「お金の増やし方の話」を書くよりもずっと楽しいと思ったことを付記しておきます。