最初に買った株式は住友銀行

 さて、いつまでも「勉強」しているだけでは済まない。担当ファンドが設定されて、お金が入ってきた。株を買わなければならない。

 人生で初めて買った株式は、住友銀行の株式だった(10万株だったかな?)。

 上司には「最初に買う株が銀行株なんて、珍しいねえ。はじめて見たよ。むかし、よほどお金に苦労したことでもあるのかい」と驚かれた。

 この選択には、商社の財務部員時代の経験が反映している。

 当時、銀行業界にあって住友銀行は「業界秩序を乱す暴れ者」的な立ち位置で、他の銀行に大いに意識され、有り体に言って嫌われていた銀行だった。商社の財務部員として他の銀行の担当者と話をしていると、住友銀行の噂話(大半は悪口)を実に多く聞いたものだった。

 記念すべき最初の投資銘柄は、「ライバル他社に嫌われているのなら、取引するのにはいい相手ではないかも知れないが、株式に投資するならいい対象ではないか」という理由で選ばれた。

 もちろん、住友銀行だけ買ってぼんやりしていられるわけではない。直ぐに、追加で数十銘柄買った。

 この時に複数の先輩ファンドマネージャーが、「設定当初の買い付けが上手く行くかどうかは、ファンドのパフォーマンスに大きく影響する。なるべく安いところを見付けて、上手く買うといいよ」とアドバイスしてくれた。しかし、どうすれば「安いところ」が判断できるのかが分からなかった。

 すると、ある日、株価ボードの前で注文伝票を持って思案していたら、いくらかひねくれた性格の古株のインデックス・ファンドのファンドマネージャーに声を掛けられた。

「山崎、何をしているの?」。

「先輩たちになるべく安いところで買うといいと教わったので、前日比で値下がりした銘柄を中心に発注しようかと考えているところです」(近年の日銀のETF[上場投資信託]買いのようだ)と答えたら、「その先輩たちが、そういうことができているのかどうか、よく見てみろよ。そんなことを気にしないで、さっさと予定の株数を買ってしまえよ」と言われた。

 社内の端末で他のファンドマネージャーのポートフォリオや売り買いが見られたので、それからしばらく他人の運用を調べた。この時の経験は、たぶん筆者のジョブ・トレーニングとして人生最良のものだったろう。いろいろなことが分かった。

「(タイミングを)上手く買う」ことができないことと、ポートフォリオ完成までのフル・インベストに達していない時間のコスト(機会費用)がもったいないことを理屈で納得して、早々にポートフォリオを完成させたが、これが正解だとの実感を持った。

 また、当時は固定手数料の時代であったこともあり、ファンドの運用にあって売買コストがいかに重大な影響を及ぼすものであるかも、他のファンドマネージャーの運用を見ていてよく分かった。親会社である証券会社に多大な手数料を落とす「良きサラリーマン」の運用成績は全くふるわなかった。

 因みに、その頃、その会社のアクティブ・ファンドのほぼ全てが日経平均に連動するインデックス・ファンドに運用成績で負けていた(社長があきれていた)。

 また、ポートフォリオの調整にあっても、持ち株を一気に売り切って、新しい投資銘柄を一気に買うような、「メリハリの効いた運用」を行うファンドマネージャーの運用成績が良くないことが分かった。手広く分散投資して、ポートフォリオをゆっくり動かす、一見愚図に見えるファンドマネージャーの方が概してパフォーマンスが良かった。

 こうした諸々の事実が発生する理由を納得できる形で論理的に理解するのは後のことだったが、この時に「他人の運用」を大量に見た経験は大変役に立った。

 最初のファンドの株式買い付けでは、別の貴重な経験があった。同じ部署の先輩ファンドマネージャーが、「こんな感じの小型株も持つといいぞ」と言って、時価総額の小さな株式を10銘柄くらい勧めてくれたので、買い注文を出してみたのだが、同じ日に、その先輩は同じ銘柄に売り注文を出していた。小型の株は、自分の売買で株価が大きく動く。先輩は、自分のファンドの中にあって持て余していた小型株を、新人ファンドマネージャーのファンドの資金を使って始末したのであった。

 この先輩からは、マーケットの世界では、他人の言葉を簡単に信用してはいけないことを教わった。

はじめから「ポートフォリオ」

 前述のように、筆者はテクニカル分析を軽蔑していたし、証券業界で行われているファンダメンタル分析の有効性にも懐疑的だった。

 ファンドマネージャーの前にアナリストを経験していなかったので、そうせざるを得ないという事情もあったが、最初から「どのようにポートフォリオを作ったらいいか」が中心的な興味だった。

 しかし、銘柄分析の方法や投資の理論(モダンポートフォリオ理論)の解説書はあっても、具体的なポートフォリオの作り方を説明している書籍は見つからなかった。そして、結局、後年、そうした本を自分で書くことになった(金融財政事情研究会「ファンドマネジメント」1995年刊)。

 運用パフォーマンスを競うゲームにあって、問題なのは「何を信じて、どう考えているか」ではなくて、「どんなポートフォリオを持っているか」だ。結果論になるのだが、筆者の株式投資入門時のあれこれは、案外悪くない経験だったと思っている。

【コメント】

 比較的新しい原稿の再掲載だが、自分が若かった頃がテーマなので内容は懐かしく感じる。

 振り返ってみて、野村投資信託委託で投資信託のファンドマネージャーを始めた頃の2年間は、運用者の仕事に関して実に濃密な良い学習環境だったと思う。投資に関する情報へのアクセスが豊富で、アクセスできていなければ渇望していたかも知れない情報が案外無意味であることの実態も分かったし、何よりも自分のファンドだけでなく、他人のファンドの運用についても見ることが出来て、多くのポートフォリオの運用を追体験できたのが良かった。

 ただ、文中にもあるように、何かのきっかけがあれば、筆者がファンダメンタル主義者になって企業分析マニアになっていた可能性もあるのだが、もともと皮肉屋だったから、彼らを冷静な目で見られたのだろう。

 運用者としての筆者のスキルの土台の半分はこの時代に完成した。残りの半分は、ポートフォリオ分析のツールと共に投資の理論を実用レベルに引き直して吸収したことにあるのだが、これには2回の転職と3年程度の期間が必要だった。この後半部分についても、機会があったら書いてみたい。

(2023年6月6日 山崎元)