山崎式理論株価、試作品一号

本連載で過去2回にわたって理論株価の設計について考えてきたが、そろそろ具体的な「試作品」を作ってみたいと思っていた。そうしたところ、「日経マネー」(日経BP社)の編集部と話がまとまって、先般発売された「日経マネー」の9月号の別冊付録の形で、理論株価の計算方法と、同誌の読者の人気上位200銘柄についての理論株価の試算値を発表する機会を得た。別冊付録には「山崎元の理論株価 人気200銘柄オトク度ランキング」というタイトルがついている。是非、書店で手にとってみて欲しい。

今回の理論株価は、(A)BPS(一株純資産)に、(B)将来の利益成長で調整したEPS(一株利益)とBPSに対する要求利益率から「残余利益」を求めたものを将来に亘って現在価値ベースで足し込んだものを足す形になっている。

今回は、現在価値を求める割引率と、BPSに対する要求利益率を同じにしたので、結果的には、EPSと利益成長率と割引率があれば、理論株価が計算できる内容になっている。従って、BPSの値は理論株価に影響しない。

BPSの適正価値が将来の利益の割引現在価値から決まり、結局、将来の利益とその割引率が株式全体のあるべき価値を決める。従って、DDM(割引配当モデル)との整合性も保たれている。

次のバージョンでは、BPSに対する要求利益率(ROE)と割引率とを別々に設定できるようにして、BPSの数値にある程度の影響力を持たせたチューニングを考えてみたいと思っている。

計算してみよう

「日経マネー」9月号の別冊付録でも説明しているが、理論株価の計算プロセスをご紹介しよう。今後のチューニングを考える上では、BPSに将来残余利益の割引現在価値の合計を足し込む形で計算する方が分かりやすいので、この手順で説明する。

  1. 先ず、BPSとEPS(今期予想)のデータを得る。また、長期金利+5%(今回はリスク・プレミアムを5%とした)で「割引率」を求める。
  2. 仮想利益成長率を計算する。「日経マネー」9月号では、「前期実績売上高」(→売上1)と「今期予想売上高」(→売上2)との二時点の売上高から中期的な仮想利益成長率を計算した。尚、成長率には、年率上下25%の制限を設けた(たとえば、30%の成長率が出た場合、25%で計算する)。
  3. 上記の仮称利益成長率で現在時点の予想EPSを複利で5年後まで成長させる。「日経マネー」誌の別冊付録ではこれに「イメージEPS」と名付けた。
  4. 少々面倒だが、5年後の「イメージEPS」を割引率(後述)を使って現在価値に換算する。これは「成長割引EPS」と名付けた。
  5. BPS×割引率で、株主がBPSに対して要求している「要求利益」を求める。
  6. 「成長割引EPS」から「要求利益」を差し引いて、売上高をもとにした成長率イメージで修正された今期ベースでの「残余利益」を計算する。
  7. 今期の残余利益が将来もずっと続くと仮定して、この数列の割引現在価値を無限の将来まで足し合わせた数字を「利益貢献」とする。計算は、「残余利益」÷「割引率」(数列の和の公式です)。
  8. BPSに「利益貢献」を足して、「理論株価」を求める。

以下に、「日経マネー」9月号の別冊付録で説明に使ったのと同じデータで、コマツ(6301)について計算した表を載せる。上記の手順と照らし合わせると、計算方法をご理解頂けるだろう。

同じ方法で他の銘柄の理論株価も計算できるので、興味のある銘柄について、試してみて欲しい。

(表1) コマツの理論株価(「日経マネー」9月号バージョン)

「理論株価」、今後のチューニング

今回の「理論株価」については、幾つかチューニングを検討したい箇所がある。

読者が、実際に、いろいろな銘柄の理論株価を考える場合に直ちに検討してみて欲しいのは、仮想成長率を求める際に使う売上高のデータだが、ここで欲しいのは、あくまでも投資家が銘柄にイメージする成長率のイメージなので、現実の数字である「前期売上高」と「今期予想売上高」よりも、共に予想の世界の中にある「今期予想売上高」と「来期予想売上高」から計算した成長率の方が数字の据わりがいい(「日経マネー」9月号では、利用できるデータの関係で「前期実績売上高」を使った)。

コマツについて、「日経会社情報」に載っている、【QUICKコンセンサス】の14年3月期予想と15年3月期予想を使って計算してみたのが、表2だ。

(表2) コマツの理論株価その2(QUICKコンセンサス売上予想を利用)

「割引率」と「要求ROE」はどんな数字を使うのがいいか、少なからず迷うところだ。金利は市場で形成される長期金利と採るとして、リスク・プレミアムが問題だ。割引率には、機関投資家の運用計画の数字などから、「日経マネー」9月号ではリスク・プレミアムとして「5%」を使うことに決めた。

但し、保守的な見地から、あるいは「割安銘柄を探す」といった目的から考えると、「6%」に上げてみたい感じもする。仮に筆者が個人投資家で自分のために使用する場合であれば、「6%」を使うかも知れない。また、日本株の投資家の「要求ROE」は、少なくとも投資家の意識の中で、割引率よりも少し高いのではないだろうか。表3は、割引率のリスク・プレミアムを6%、要求ROEのリスク・プレミアムを7%として同じコマツ(売上は【QUICKコンセンサス】ベース)の理論株価を試算してみたものだ。

(表3) コマツの理論株価その3(割引率=6.8%、要求ROE=7.8%、【QUICKコンセンサス】ベース売上を使用)

「理論株価」の設計としてはなるべく少ない変数で簡単に計算したいわけだが、「割引率」、「要求ROE」、「利益の反映年数」(今回は5年とした)、「売上」の元データ、の4つについて、様々な組み合わせがある。

たとえば、新興企業であれば、「割引率」も「要求ROE」も一部上場の大型企業よりは高くなりそうだが、そのかわり、利益成長を反映させる年数はもう少し長くてもいいかも知れない。

また、業種や上場市場、時価総額の規模などに応じて、これらの変数を変化させることも考えられる。

読者もいろいろと試してみて欲しい。