現状は1986年に似ている?

政権交替とこれに伴う金融政策の変化に対する期待から、為替レートが円安に振れて、これと共に株価が上昇している。国民にどのような予想を与えるかも経済政策の範囲に入るので、安倍政権の経済政策の滑り出しは順調だと評価していいだろう。

デフレ脱却だけで経済問題の全てが解決する訳ではないが、成長戦略も、社会保障の再構築も、デフレ状態であるよりは、マイルドなインフレ(年率2%程度の)である方がより容易に対処できる。「デフレ脱却」に政策の的を絞ったことは適切だった。

前回の本連載で株価の高低の計算法を示したが、現段階で、筆者は、日本の全般的な株価水準が「高すぎる」とは思っていない。

だが、遠からず「バブル」が起こるのではないかという心配の声を聞くこともある。日本で再びバブルは起こるのだろうか?

確信をもって答える事はできないが「予想の問題として」、筆者は、小さからぬ確率でバブルが発生するのではないかと思っている。

「予想の問題として」とわざわざ付け加える理由は、だからといって、現在の「デフレ脱却を目指す金融緩和政策」を止めるべきだとは思っていないからだ。政策の方向性は正しい。だが、純粋に今後起こることの予想の問題としては、バブルが起こりそうな気がする。

率直にいって、現在の経済と市場の状態が、1986年に似ているような気がする。

1986年は、前年のプラザ合意で急激に進行した円高の不況を引きずり、経済と企業業績はぱっとしないまま、金融緩和を背景に株価だけは大幅に上昇した年だった。日経平均は1985年末の13,113円からこの年の年末には18,701円まで42%強上昇した。一方、経済成長率(実質)は、1985年が2.0%、1986年が2.8%と1980年代としては低調だった。

この翌年、1987年は米国の株式大暴落「ブラックマンデー」があった年で、日本株もこれに連れ安して大幅に下落したが、日本が世界の需要を引っ張る必要があるとの考えのもとに、金融財政共に拡張的な政策が採られて、日経平均は年間を通すと15%の上昇と頑張った。その後、1988年の40%弱、1989年の29%と株価が上がり続けて、1989年末の38,915円が今に至るも日経平均の最高値だとなったことは、ベテランの投資家なら記憶に残っていらっしゃるだろう。実質成長率は1987年が4.1%、1988年に至っては7.2%、金融引き締めが始まった1989年にあっても5.4%あった。

現状と1986年の類似性は、(1)前年までの不況、(2)金融緩和による株価上昇、の主に二つだが、さらに(3)「インフレ率が2%に達するまで、誰も金融緩和を止められない」という条件設定が、金融引き締めに入ってもおかしくなかった1987年、1988年にこれが出来なかった金融政策環境と似ているからだ。

経済政策を考える立場や、国民一般の心情からすると、できることならバブルは起こして欲しくない。しかし、視点をビジネスマンに転じてみよう。特に、金融、投資、不動産などに関わるビジネスマンの立場で考えるなら、これだけの好環境で、将来バブルを起こすくらいのビジネスに関わることができないとなると、ビジネスマンとして「残念」というべきではないだろうか。

為替、株、債券、各市場の反応の仕組み

ここで、為替・株式・債券の各市場における「アベノミクス」への反応原理を確認しておこう。

日銀のインフレ目標が「なし→1%」と設定されたり、「1%→2%」と引き上げられたりしたら、たとえば、為替市場はこれをどう解釈すべきか。

将来、何時の時点で、どのくらいのインフレが起こるのか否かについては、殆どの人が確たる予想を持てないだろう(筆者とて、半信半疑だ)。リスクを取って相場を張る植えでは、このような材料に賭けるわけにはいかない。

しかし、もう少し確からしく思えるのは、物価上昇率がインフレ目標に近づくまで金融緩和政策が継続し、特に短期金利のゼロ金利が続くことだ。これは、実質金利が(たぶんマイナスになるレベルまで)低下する確率を高める情報であり、実質金利の低下は通貨にとって「売り」材料だから、反応方向は円安でいいと解釈できる。付け加えると、ゼロ金利の継続期間が長いと予想できることは、資金コストほぼゼロで円資金を借り続けて外貨資産を含むリスク資産に投資する「キャリー・トレード」が安心して超低コストでできるということだから、これも円安材料だ。

これは経済学者が「期待(=日常語の「予想」に近い)に働きかける」と称するメカニズムの一つだが、かくして、インフレ目標と金融政策に関する「約束」は、何もしないうちから為替レートに効果を及ぼすし、日銀の人事や政府幹部の発言など、金融政策に関わる情報が、「将来の約束としてどのように評価できるか」という観点で市場に影響することになる。

一方、株式市場は、円安をダイレクトに好材料と評価して為替市場とパラレルに動いてきた。ここ数日、米国株が史上最高値を更新するなどの好材料もあってスピードが増してきたが、1ドル85円で日経平均は1万円、円安1円当たり日経平均200円高、といったペースで推移してきた。

株式市場にあっても、現時点で、近い将来のインフレ率上昇を材料として評価しているのではなく、目先のもっと確実な状況に反応している。

問題は、債券市場(主に長期国債市場)だ。

長期金利(通常、10年国債の流通利回りを指す)は、(1)将来の予想インフレ率、(2)将来の短期金利の予想、(3)国債市場の需給関係、といった材料の影響を受ける。

より「高いインフレ目標」という情報は、将来のインフレ率上昇予想を通じて長期金利を押し上げる可能性もあるし、それを「短期金利のゼロが長く続くということだ」と解釈して長期金利を下げる可能性もある。日銀の新体制人事案発表に対して、長期金利は小幅ながら低下したが、市場参加者の計算の上で、後者が勝った可能性があるが、たぶんもっと直裁に、「金融緩和を拡大しなければならないということは、日銀の国債買い入れは拡大するだろうし、買い入れる国債の年限も長期化せざるを得ないだろう」という需給面の予想の効果が大きかったのではないか。

今後の展開の注目点

円安は、企業業績・投資・雇用の改善をもたらし、株高も投資の拡大につながるし、資産効果を通じて消費拡大にもつながる。これらは、需要の拡大を通じてデフレ脱却に働くプラスの材料でもある。

経済政策論上、ここまでの展開に大きな問題はない。

今後の注目点は、この状況が、金融機関が自ら信用を拡大し続けるようなプロセスに続くかどうかだ。この際に、リスクが過小評価されて、信用が過大に膨らみ、資産価格が上がりすぎてバブルが起こる。

個人でも、借金をするとより多くの資産を買えるし、皆が資産を買う金額が信用で増えるなら、資産価格は上昇する。しかし、借金で作った投資ポジションは将来返済が必要だという意味で「弱いポジション」だ。資産価格の上昇に限界が来たときに、持ちこたえることが難しくなるし、そうした状況の市場参加者が多いとなると、バブルの崩壊は止められない。そして、資産価格の下落によって、信用拡大の裏付けになっていた担保が劣化して不良債権が累積して金融システムの危機や不況が起こる。

随分先までプロセスを進めてしまったが、問題は、「その投資のリスクは小さい」と投資家が誤認し、金融機関も融資するような“バブルの種”が生じるかどうかだ。

以前に、本連載で書いたように、1980年代後半の日本のバブルにあって、株式では、簿価分離を可能にしていわゆる財テク運用がやりやすくなった「特定金銭信託」や「ファンドトラスト」といった金融サービスの登場と規制緩和、さらにこれに通称「握り」と称された運用利回り保証の慣行(注;当時も今も違法である)によって、投資家がリスクを過小評価して、金融機関から資金を借りて株式市場で運用する過大な信用拡大と投資の循環が出来た。

記憶に新しいバブルでは、世界的な金融危機につながった米国の不動産バブルが、不動産ローンのリスクを小さく見せかける、金融工学を使った証券化の技術が、過大な信用拡大を後押しした。

今後に予想される金融環境が、2005年に膨らみかけて潰えた、都心部の不動産相場上昇と、実績の乏しい企業までどんどん株式公開の対象にした些か安っぽい「IPOバブル」のような、工夫の乏しい既視感のある二番煎じ、三番煎じ的なブーム程度のに終わるのか、それとも、新たな仕掛けやビジネスモデル、あるいは壮大なストーリーを伴うような、新型で大きなバブル発生につながるのか、大いに興味深いところだ。

尚、政策論としては、資産市場のバブルは、マクロ的な金融の引き締めで潰すよりも、ミクロな規制やリスク管理によって対処すべきものだろう。バブル崩壊の最終的な問題は不良債権なのだから、ローンの質の劣化に対して歯止めを掛けることや、金融機関の資本の増強など、金融システムの安定化に対する対策をバブルが起こりつつある時点からきめ細かくやる必要があるということではないだろうか。

新体制の日銀には、デフレ脱却と共に、そうした対策の立案と実行を望みたい。