仕組み債に関する三つの質問

 最近、「仕組み債」がよく話題になる。ただし、残念ながら好ましくない方向についての報道が多い。顧客と販売会社との間のトラブルの事例や、金融機関が仕組み債の取り扱いを止めたり、一部制限したりといった報道だ。

 仕組み債とは、通常の債券と何らかのデリバティブ(金融派生商品)を組み合わせた金融商品で、多くの場合、金融工学的な計算の下に設計される。設計にはかなりの自由度があり、仕組み債の組成者は、投資家から見て魅力的な条件に見えるように工夫を凝らす。

 一方、近年、多くの対面営業の金融機関で仕組み債が販売されてきた背景には、仕組み債が売り手側にとって収益性が高い商品であること、もっと率直に言うと実質的な手数料が大きな商品であることがある。

 トラブルや販売停止といった報道から類推して、投資家から見て、仕組み債には大いに問題がありそうに思えるが、何が問題なのかを正確に理解しておくことが大事だし、その理解は仕組み債以外の投資家にとってリスキーな商品に関する判断に役立つはずだ。

 以下、仕組み債について、(1)商品、(2)販売、(3)規制、の三つの側面から考えてみるが、その前に、以下の三つの質問について考えてみて欲しい。

【1】仕組み債が「良い投資対象」となり得るのはどのような場合か?
【2】投資家に仕組み債に対するニーズがあると判断出来るのはどのような場合か?
【3】現実に売れていることを踏まえると仕組み債に対する規制はどうあるべきか?

商品としての仕組み債の構造

 仕組み債の商品としての性質を考えるために、簡単な例を想定しよう。投資家と販売会社でトラブルが多いとされる仕組み債に「EB(他社株転換権付き債券)」があるが、例えば、A社の株式を原資産とするデリバティブを組み込んだ以下のような条件のEBについて、読者はどう判断するだろうか。

[A社の株式を使ったEB債]

  1. 長短のリスクのない債券の市場での利回りは0%とする。
  2. A社の現在の株価をK円とする。
  3. EB債の満期は1年とする。
  4. EB債の元になる債券の信用度は高くデフォルトリスクはないとする。
  5. EB債のクーポンは年率a%とする。
  6. 1年後のA社の株価がK円を下回らなかった場合、EB債は払込額の100%の額が現金で償還される。
  7. 1年後のA社の株価がK円を下回る場合、EB債は「払込額÷K円」の株数のA社の株式で償還される。

 A社に具体的な個別銘柄名を当てはめてみて、EB債の利回りがa%だとすると、読者はこのEB債をどんな条件なら魅力的だと感じるだろうか。

 市中金利が0%なのだから、a%はプラスの数字であれば、それ自体はそれなりに魅力的なはずだ。7.の条件がなければ、5%は十分魅力的だし、2%や1%でも悪くない。

 問題は、7.の条件をどう評価するかということになる。この条件は、1年後の時点のA社株式の株価の値下がりリスクを負担するものなので、金融の世界でいう「プット・オプションの売り」と同等のものだ。このプット・オプションの価格(「プレミアム」と称する。以下「p」)は、主にA社株式の株価のボラティリティ(変動性)で決まる(細かくは金利や配当等も影響する)。

 個別株式のボラティリティは、銘柄により、時期にもよって様々だが、例えばボラティリティが30%くらいあるとして、期間が1年のインザマネー(現在の株価が行使価格Kと一致する)の状態で、プット・オプションのプレミアム(p)は株価(同時に行使価格)に対して12%くらいの見当だろうか。

 ここで、EB債の組成者がa%=5%と設定するなら、12%―5%=7%が売り手側の実質的利益となる。現実的には、仕組み債の組成者と販売者がこれを分ける形になるだろう。組成者と販売者が同一の会社やグループ会社だと多くの収益を獲得出来ることは言うまでもあるまい。

 プレミアムの価値は、A社の株式と無リスク資産を使って概ね実現可能だし(オプションのプレミアムはそのような原理から計算される)、プット・オプション自体を業者間の市場で転売することも可能だ。

 問題は、例えば7%といった大きな実質手数料を現実に取っているのかだ。金融庁総合政策局リスク分析総括課コンダクト企画室長信森毅博氏及び同課長補佐宮下文明氏が寄稿された論文「仕組み債問題から考えるコンダクトリスク管理上の課題」(『週刊金融財政事情』2022年11月15日号)によると「ほとんどの金融機関は現時点で、投資元本に対して平均5〜6%程度(年率換算では8〜10%程度の可能性もある)と推定されるEB債の実質コストを開示していない」(p29)とある。投資家は概ねこの程度の実質的な手数料を払わされていると考えていいだろう。売り手側にとっては極めて魅力的な商品だ。

 先ほどの質問【1】への回答は、仕組み債の組成者が投資家側に有利な計算間違いを盛大にやらかして「a>pとなっているケース」ということになる。理屈上計算の前提条件などが狂うことはあり得るが、商品の組成者側では、むしろその点について余裕を見越した設計を行うので、現実にはまずありそうにない。つまり、普通は仕組み債が投資対象として選ばれる理由がない。

 付け加えると、前掲の論文には内外の債券・株式などのアセットクラスとEB債のリスク・リターン比のグラフが掲載されているが、EB債のリスク・リターン比は比較対象のどのアセットクラスよりも明らかに劣っている。これほど一貫してダメな理由は、実質的な手数料が大きいこと以外にあり得ない。