金利シグナルの警報

 10月に株式相場がじわりじわり底値を切り上げると、「FRBは利上げペースを落としそう」と毎度なじみの手前勝手な解釈で、株の買い場であるかの声が出始めました。しかし、これを買い材料とするのは、もはや無理筋と言えます。

 せいぜい、利上げがペースを落とし、打ち止めになるなら、中長期金利が下がるのに合わせて、逆金融相場一服後の反騰があるかもしれないというまでが、サイクルの基本解釈です。短期投資ならともかく、中長期投資の観点で買い場とはまだ言えません。

 株式相場はここまで、FOMCごとに利上げ幅に焦点を当て、10月には上述のようにその利上げペースが落ちる可能性を囃(はや)してきました。しかし、金利シグナルのポイントは違うところにシフトしています。それを3点解説しましょう。

(1)金利水準と持続時間

 図4は米国債イールドカーブの2022年3月からの変遷です。3月時点でもFRBは景気中立2.5%を超える利上げには慎重で、イールドカーブ全体がそれ未満にとどまっています。6月のFOMCで加速するインフレに対抗すべく、景気中立超の利上げ見通しを明らかにするとイールドカーブは一気に上方シフト。景気後退への懸念が高まり、7月末には中長期金利が一時的に景気中立水準近くまで低下しました。

 しかし、その後も、景気は底堅く、労働市場はタイトで、インフレへの警戒は高まるばかり。直近時点でイールドカーブ全体の水準は、景気中立レベルを遥かに超えるところまで一段と上方シフトしています。

 景気中立レベルを大幅に上回る金利が、今後も闇雲に引き上げられるわけではなく、上昇ペースは低下するのが自然な流れです。ポイントは、金利水準の高さと高止まりの持続期間になります。

(2)長短逆イールド

 図5は、米国債の10年金利と2年金利の差がマイナスになる(すなわち逆イールド)と、平均1年半後ほどで米景気が後退(マイナス成長)に陥ったことを示しています。10年国債は長期金利の代表指標で、これから10年の経済成長とインフレ(名目経済成長率)を市場がどう織り込んでいるかを映し、2年国債の金利は、市場参加者が足元の景気や金融政策のサイクルがこの延長線でどうなるかを具体的に評価しやすい今後2年をカバーしています。

 つまり、その逆イールドは、これから2年の金融引き締めが、今後10年の経済に対して引き締め的であることを示唆しているのです。今回この逆イールドは40年来のマイナス幅になっています。これほど明白な金利の警報シグナル点滅を無視して安穏とするより、忠実に警戒スタンスを維持することが妥当と考えます。

(3)短短逆イールド

 図4で11月4日のイールドカーブを改めてご覧ください。10年-2年は逆イールドです。これは向こう2年の予想と10年の予想を対比した景気悪化の「示唆」で、因果的背景の具体性は、住宅ローン金利高による市況悪化などに限られ、そう強くはありません。これに対して、1年以内で期間が長いほど金利が高い順イールドは、今後逆イールド化する過程で、経済の明暗を一転させます。

 1年以内が順イールドの間、金融機関はより短期で資金調達し、3カ月~1年の融資をしても利ザヤ収入を得られます。金融機関は顧客の資金需要に応えることにまだ前向きでいられ、金融引き締めで資金繰りがきつくなった企業やファンドもまだ借入の助けを得られます。2022年の株価急落など厳しい景況市況でも、金融機関の決算が好調を維持した背景の一つです。

 しかし今後の利上げで1年以内のイールドカーブは、フラット化し、程なく逆イールドになるでしょう。金融機関が逆ザヤの貸出に前向きであるはずはありません。経済の血液であるマネーの流れが滞るステージに至ると、経済の暗転ぶりが鮮明になります。企業や投資ファンド、あるいは新興国など国家でも、資金繰りがつかず、債務の負担に耐えられないクレジット・イベント、すなわち破綻のニュースが唐突に出てもおかしくない状況になるのです。

図4:米国債イールドカーブの変遷

出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

図5:米国債10年-2年金利差と景気後退期

出所:FRB、田中泰輔リサーチ

 株式市場では、少し相場が持ち直すと、安穏とした楽観解釈が出回りやすいと解説しました。しかし、筆者は常に先行きのリスクに慎重で、ファンダメンタルズ(特に金利)からの逆風が消え、追い風を感じられる安全ゾーンまで、無理なリスク投資を控える(あるいは、せいぜい全ての解決を時間に委ねる分散投資をするかまでの)スタンスです。

 当面見込まれる利上げ後の高い金利水準、イールドカーブの長短逆イールドから短短逆イールドへの変化という警報シグナルを軽々に扱うことはできないというのが目下の判断です。

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