労働者は何処に消えたのか?

「労働者は何処に消えたのか?」その問いに対する最初の解答は、「人材在庫」の積み上げです。1973年(昭和48年)のオイルショックの時に日本全国の店先からトイレットペーパーが消えたように、新型コロナ明けの経済再開に際していちはやく労働者を手に入れることができた企業が、社内に労働者を「ため込んで」いるのです。

 しかしこの状況にも変化が現れています。パウエルFRB議長が、インフレを引き下げるために不退転の覚悟で利上げを続ける中、企業は景気回復の期待を大幅に下方修正する必要がでてきたからです。

 米グーグルは、景気悪化に備えて採用を減速する予定であると発表しました。同社は、これまで積極的な採用活動を行ってきましたが、今後は新規採用よりも人的資本の配分をより重視する必要があることを認めています。

 Facebookを運営するメタのマーク・ザッカーバーグCEOは今月、雇用の凍結と従業員のリストラを予告しました。米自動車大手のフォードのCEO(最高経営責任者)は「従業員が多すぎる!」として、大幅人員の削減に踏み切っています。

「労働者はどこに消えたのか?」に対するもう一つの解答は、大退職時代(グレート・レジグネーション)です。米国の労働参加率が急速に下がり、その後回復していない原因でもあります。

 ベビーブーマー世代と、リーマンショックで年金を失って働き続けるしかなかったシニア層が、新型コロナの株高のおかげで、引退するのに十分な資金を手にして一斉に労働市場からオサラバしたのです。

 米セントルイス連銀によると、2009年から2020年までの約10年間の米国の雇用増加の理由の大部分は、55歳以上の就業増で説明できるそうです。その労働力を支えた人たちがそのままいなくなったのです。

 ところが面白いことに、退職した人の4分の1以上が、その判断が正しかったかどうか迷っているらしいという最新の調査があります。高インフレのせいで、想定をはるかに超えるスピードで貯蓄が目減りし、再び労働市場に戻る人が増えているのです。55歳以上の労働者ばかりではなく、一時のFIREブームで早期退職した人も含まれます。

 高金利に耐えきれなくなった米株式市場が本格的なダウントレンドに突入する時代になれば、再就職する人はさらに多くなるでしょう。

 FRBが米景気後退を予測しながらも、失業率に関しては楽観的見通しを持っているのはこの状況を予測しているからでしょう。