運用プロセスと運用戦略との相性

 トップダウン、ボトムアップの区別は、運用会社でいうと仕事の「プロセス」にあたるものなので、他の言わば運用の戦略に関わるスタイル分類と相性の良し悪しがある。

 尚、運用業界ではしばしば「運用哲学」という言葉を使い、運用会社は自社の運用戦略以前に高邁な思想があるかのように振る舞うが、「哲学」とはさすがに大げさだ。単なる「こけおどし」なので無視していい。現実を重視する投資家は、ポートフォリオに影響を与える「戦略」に集中するべきだ(戦略の分類については図1参照)。

(図1)株式投資の戦略を大別する三つのアプローチ

(1)経済分析で勝負するアプローチの場合

 例えば、「経済」の分析に重きを置くアプローチの場合、ほぼ100%の場合、株式ポートフォリオの組成プロセスはトップダウンになる。このアプローチの場合、アセットアロケーションの調整として株式のエクスポージャーを増減する以外のことをしない場合もあるし、株式ポートフォリオの中身に踏み込むとしても、せいぜい業種単位の全体ウェイトの調整にとどまる場合が多い。「円高が予想されるので、輸出関連企業のウェイトを下げよう」といった調整だ。

 個人投資家の場合、マクロ経済の見通しを踏まえながら、数個のETF(上場型投資信託)に投資しながら、投資比率を調整するようなアプローチが現実的だろう。

(2)企業分析で勝負するアプローチの場合

 一方、「企業」を分析するタイプのアプローチでは、ポートフォリオは「いいと判断した個別銘柄」を積み上げた集合体として出来上がるようなボトムアップ的アプローチが採用されることが多い。

 様々な理由で多くの銘柄を保有している個人投資家の場合、敢えて名付けるとボトムアップと呼ぶべきなのだろうが、全体のバランスがコントロールされていない場合がある。ある銘柄は誰かの勧めで成長性に期待して買っていて、別の銘柄は株主優待が目当てで保有している、といった調子で単に「散らかったポートフォリオ」になっている場合があって、趣味の世界とはいえ残念だ。

 ある程度以上の規模の運用会社の場合、マクロ経済や市場のあれこれを分析する専任担当者(「エコノミスト」、「ストラテジスト」などと呼ばれる)がいて、合議の上でアセットアロケーションや業種の配分などをトップダウンで決めて、例えばセクター別の投資銘柄とウェイトの決定は担当のアナリストのリサーチを反映させるボトムアップになっている場合がある。

 時に「当社の運用プロセスはトップダウンとボトムアップの融合です」などと説明されることがある。この種の折衷案は、多くの社員に役割を割り振ることが出来て組織運営上いいのかも知れないが、筆者には運用上あまりいい方法だとは思えない。

 それは、個々の銘柄の有望度合いの評価が、業種分類を超えて一貫性を持てないからだ。例えば自動車・電気などのセクターがいいとトップダウンで決まった場合、このセクターの中で相対的に有利だと思う銘柄を担当チームが選ぶことになる。すると、例えば、他のセクターに真に有望な銘柄があった場合に、本来は、その銘柄との相対的な有利性とリスクを反映して投資ウェイトを決めなければならないが、トップダウンを先に決めて、後からボトムアップを付け足す順番で「トップダウンとボトムアップの融合」をやると、こうした調整が上手く行きにくい。

 先に、ボトムアップの方が「分散」の効果を得やすい点でいいと述べたが、「個別の事情によりいい銘柄」はトップダウンで決まったセクターウェイトに合わせて都合良く見つかるとは限らない。

 どのようにポートフォリオを作ると上手く行くのか、読者にも考えてみて貰いたい。ほぼ答えに近いヒントは、「ボトムアップを先に持ってきて『分散されて有望な個別銘柄の集合』を作り、それらの銘柄の評価値を決めて、トップダウン的なバランスを後で調整する方法」としておく。

(3)人(市場参加者)の分析で勝負するアプローチの場合

 人(市場参加者)を見るアプローチと運用プロセスの関係についても見てみよう。

 機関投資家の場合。このアプローチは何らかの属性を重視すると決めて投資候補銘柄すべてにその属性から決まる期待リターンを与えて、リスクと合わせてコンピューターで最適化すると簡単にポートフォリオが出来る。

 いわゆる「スマート・ベータ」と呼ばれるような運用商品は、このように出来るが、これは日本でも1980年代には十分確立していた運用手法で、実質的には相当に古いものだ。率直に言って、運用商品としてのスマート・ベータは「手抜きされたアクティブ運用」に近いのが実態だ。だから、運用会社も自社のアクティブ運用商品と競合しないと考えて、時に安い運用管理費用のプライシングを行う。もっとも、「手間をかけたアクティブ運用」の方が結果がいいかというと、必ずしもそうではないところが現実の辛いところだ。

 当時と今の主なちがいは、コンピューターの計算速度のちがいで、実質的な差はそれだけだ。今なら半ば一瞬で出来る計算だが、かつては何十分もかけて計算していた。心理的には長い時間かけて計算する方が「ありがた味」があったのは、思い返してみて、面白い現象だ。

 ところで、「人」を見るアプローチでもボトムアップ型の運用プロセスが可能だ。個々の銘柄の状況を何通りかのアプローチで分析して、個別銘柄ベースで他の市場参加者が間違えている可能性が大きな銘柄を集めるのだ。

 筆者なら、

  1. 業績予想の修正に対して反応が鈍い銘柄、
  2. 割安に放置されている銘柄、
  3. 嫌われる理由があって割安な銘柄、
  4. 事故や不祥事の影響で株価が下げすぎた銘柄

 などに注目しそうだ。

 理由が多彩であることが望ましいし、個々の銘柄が有望である理由がなるべく相関しない方が「リスク分散された有望な銘柄の集合」を作りやすい。

 少数派のアプローチだが、個人的に筆者が読者にお勧めしたいと思うのは、この最後の組み合わせだ。ファンドマネージャー時代に筆者が試してみた方法でもある。

 さて、読者は、どのような投資スタイルを選ぶだろうか。「趣味」なので選択を大いに楽しんで欲しい。

 但し、個別株投資を趣味だけでなく、同時に資産形成の手段としてもリーズナブルなものにするためには、分散投資とポートフォリオのバランス調整、また余計な売買をなるべく抑えるような運用のゲームプランが必要であることを付記しておく。