中国を前代未聞に意識する、「適者生存」の申し子・アリババ社
26日、アリババ社の張勇(ダニエル・チャン)最高経営責任者(CEO)は、自社が香港でプライマリー上場することで、「より広範で、多様な投資家、特に中国と他のアジア太平洋地域におけるアリババデジタル生態のステークホルダーが弊社の成長と未来を共有できるようになればいい。香港とニューヨークは共に重要な国際金融センターであり、開放的、多元的、高度に国際化している共通の特質を有している。香港は弊社にとってグローバル化戦略の起点だ。我々は中国の経済と将来に断固たる自信を持っている」との見解を述べました。
張氏は、アリババ社の今後の三大戦略として、「消費」、「クラウドコンピューティング」、「グローバル化」を将来的な成長に向けての方向性とガイドラインにすると主張しています。香港とNYSEに重複上場することで、それを実践していこうということなのでしょう。
ただ何といっても、今回の申請に際して、アリババ社が意識しているのが「中国」の二文字です。端的に言えば、アリババ社は中国の企業であり、中国の経済成長に奉仕する責務を持ち、中国の消費者や投資家たちの財や富を増やすことを通じて、企業成長を図るのだという鮮明な立場を打ち出したというのが私の理解です。
その背景として、重複プライマリー上場への切り替えにより、アリババ社は中国本土と香港間の株式相互取引(ストックコネクト)にも申請が可能になります。言い換えれば、中国本土の投資家はアリババ社株を購入しやすくなり、同社にとっては、本土投資家からの資金流入が期待できるようになるということです。
張氏は中国の経済と未来に自信を持っているという発言をしましたが、まさに「アリババは中国と共にある」、「両者は運命共同体なのだ」という立場を実際の行動で示したと言えます。お上である中国共産党が喜ぶ類の意思表明に他なりません。
また、張氏は香港を「アリババ社グローバル化戦略の起点」というかなり踏み込んだ発言をしましたが、これも党指導部の「お顔」を強く意識しています。今年7月1日、香港が中国返還から25年を迎えました。党指導部としては、これから一層、中国本土と香港の間のつながりを経済、企業、金融といった観点から強化し、それによって中国経済全体が潤っているという既成事実をつくりたい。その意味で、成長著しい、将来性のある中国企業が香港市場を目指し、重視するという姿勢は、政治的に正しいわけです。当局に恩も売れます。
2015年、アリババ社は香港随一の英字新聞「サウスチャイナモーニングポスト」を買収しましたが、この動きも同様の論理で説明できます。アリババ社というのは、当局の政策や方針に機敏に反応し、アジャスト(適応)することで、企業の生存と成長を保証しようとする「中国イノベーション企業」の典型であると私は見ています。原理や教義にとらわれない、実利を重んじるプラグマティストなのです。
19世紀を生きた英国の科学者、チャールズ・ダーウィンが「種の起源」の中で「適者生存」という概念を打ち出していますが、アリババ社は、政治が往々にして経済にかぶさる中国という巨大市場の中で、生存、成長するために適応することに長けた企業だと私は認識しています。
この期間、アリババ社が当局との関係の中でもがき、苦しんできた経緯を踏まえれば、これまで以上の適応が求められるのはなおさらです。例として、2020年11月、同社の傘下にあるアント・フィナンシャルの上海、香港同時上場が延期を余儀なくされ、2021年には、独占禁止法違反で過去最大の罰金処分を受けています。同社をはじめとするイノベーション型のIT企業は昨年、当局からの規制強化により、ビジネスモデルの再編に迫られてきたのです。
また、習近平(シー・ジンピン)政権下で米中対立が構造化する中、党指導部は国家安全の保護、サイバーセキュリティ、データ安全といった観点から、自国の企業、特に大量の国内個人情報を保有するIT企業が米国に上場している(これからする)状況に警戒心を強めてきました。
米国一辺倒ではなく、香港という「中国の国際金融センター」を重視し、中国の主権が及ぶ地域で、中国の株主たちに収益を還元するという姿勢を実際の行動で打ち出すことは、その存在や言動が往々にして物議を醸すアリババ社にとっては、激動の中国政治経済情勢の中で、身を守ることにもつながるわけです。生存なくして成長なしです。