7)経験則的に「あと1割の下落」を当てても儲けることは難しい
理屈っぽい話の次に、いきなり筆者の個人的な「経験則」で恐縮だが、過去にバランス・ファンドを運用したり、年金運用のアセット・アロケーションを考えたりする仕事をしてきた経験から言って「これから1割は株価が下がるだろう」と予想して、これがうまく的中した場合でも、「売って・買い戻す」一連のアセット・アロケーションの変更をプラスの効果に持っていくことは案外簡単ではない。
株価下落が当たっても、10%下落する手前までであるケースもあるし、10%下落が達成されても、その後どの程度下落するのか分からないので、心理的には直ちに買い戻せる訳ではない。
加えて、もちろん、売るにも買い戻すにも手数料とマーケット・インパクトのコストが掛かるので、10%の下落分をきっちり利益にすることなどできない。
「ありそうだ」とイメージされるのは、「売った株価から、…、5%下げて、10%下げて、11%まで下がった。しかし、どこまで下がるのかと様子を見ているうちに、8%下げの株価まで戻ってしまった。…。10%の株価への下げはたぶんあるだろうと思いさらに様子を見ていたら、5%、4%下げの株価水準に戻ってきてしまったので、慌てて買い戻すと、マイナスにはならなかったが、ほとんど儲からなかった…」といったケースだ。そして、これは割合ましなケースなのだ。
現実には、「下がる」と思った株価が上がることもよくあることだ。「ここまでは、下げ相場だ」ということは確実に分かったとしても、「これからも、下げ相場か?」について判断する確度の高い方法はない。
マーケットのタイミングを利用しようとする勝負は割りが悪い。年金運用など、機関投資家の世界では半ば常識なのだが、それでもファンドマネージャーはマーケット・タイミングで勝負したいという誘惑に駆られることがある。
プロであっても素人であっても、自分が行おうとしている賭の有利・不利については理性的に判断して、その判断に従うことが適切な場合が多い。
8)「仮想敵」を作って売りの誘惑と戦う
一般論として「正しいアドバイス」は、「下げ相場では、リスクと理屈!」、すなわち、自分の適切なリスクについて点検して、理屈の教える損得に従って行動するということに尽きる。多くの場合、以下のような結論になるはずだ。
◎結論
ーー 現在の株価にはおそらく現在利用可能な情報が反映されており、そうでない場合も、悪材料への反応が不足なのか・過剰なのかは分からないし、今後の材料についても他人よりも確かに分かる訳ではない。
リスク・プレミアムの獲得を目指して投資を続ける場合、株式やファンドを長期的に保有し続ける方が有利だ。リスクの保有形式は、手数料面で圧倒的に有利で広範な分散投資が行われているインデックス・ファンドの保有でいい。
加えて、今後の下げ相場を予想して、いったん売って、下がった株価で買い戻そうとする行動は割が悪い賭だ。結局、現在の投資をそのまま続けるのが得策だ。ーー
インデックス投資ナイトの参加者の多くが賛成し実行するであろう「内外株式のインデックス投資の継続」が現実的な正解だと考えていいだろう。
さて、理性的には、以上のような判断ができるとしても、下落相場で感情を揺さぶられた場合に、感情面で何らかの対策を持ちたいと思う人が少なくないかも知れない。
こうした方には、「何かを信じて、ついていく」というアプローチではなく、むしろ「正しくない相手を仮想敵として、自分の方針を以て戦う」というくらいの心の持ち方をおすすめしたい。
前述のように、過去のデータや世界経済の成長などの理論的に脆弱な「絶対」を頼ろうとすると、かえって不安が増す可能性が大きい。論理のレベルで言い得るのは、皆が株価の下落を「嫌な感じだ」と思うなら、おそらく株価形成にはリスク・プレミアムが含まれているだろう、という程度のことなのだ。
加えて、インデックス投資ナイトでは、竹川美奈子氏が、「誰かを、信じてついていこうとするのはダメですよ」とおっしゃっていたが、これはまさにその通りだ。判断の責任を他人に転嫁したところで、自分がその他人を正しいと判断したことの当否は疑問として残るし、その人間をどのくらい信用できるのかという「程度の問題」が自分には残る。例えば、全財産を預けるくらい信用するのか、財産の半分を任せたいくらいなのか、という判断は結局自分がしなければならない。そして、竹川氏が例示したように、信じていた人物が、不適切な判断やビジネスの方向に走り出すケースもあるのだから、油断はできない。
他人を頼るのではなく、むしろ、批判すべき他人を見つけて、「正しい理解を持っている自分」を対峙(たいじ)させようと考えるくらいが、気の持ち方として有効な場合が多い。
ある意味では残念なことだが、あえて言っておこう。普通の人にあっては、「皆で仲良く」とか「社会のために」といった言わば「善の感情」よりも、「あいつには負けたくない」とか「私は間違いを許さない」といった「悪の感情」の方がモチベーションの支えとしては強力に作用しやすい。偽悪的な自己啓発書のような言い草で恐縮だが、特に創業経営者などの成功者の多くが、こうした感情を利用してビジネスに徹してきたように見える。大金持ちが、人格的にも立派なことを言い、自分が元から立派な人格だったと思い込むようになるのは、たいてい大金持ちになった後のことだ。
この点を考えると、間違った考え方や、投資行動として損な例などを知っている方が、正しい投資だけを知っているよりも、適切な投資行動を実行しやすい。
通俗的な意味では「性格が悪い」方が、投資には向いているかも知れない(ビジネスの場合多分もっとそうだろう)。こうした方には、悪い性格を大いに利用して儲けた後で、「いい人」にモデルチェンジして大いに社会貢献してくれることを期待したい。
最後に一言、筆者が2018年のインデックス投資ナイトで言ったことを付け加える。「万一、投資で損をしても、お金で済む問題なのだから、いいではないか!」。投資家には、このくらいの割り切りを持って投資に臨んでもらいたい。人生には、お金よりも重要な問題がたくさんあるのだから。
≫〔前編:下落相場に負けない個人投資家になるための8つの法則〕記事を読む
【コメント】
2018年の相場をきっかけとした文章だ。「ほら、これで良かったでしょう」などといった下品な結果論を言うつもりはないが、原則論として間違ったことは言っていないと思う。前編・後編に分かれていて、少し長いが読んで頂けたら投資家の(特にインデックス投資家の)参考になるのではないかと思う。(2022年6月21日 山崎元)