過去3カ月の推移と今回の予想値

※矢印は、前月からの変化

5月雇用統計の予想

 BLS(米労働省労働統計局)が6月3日に発表する5月の雇用統計は、NFP(非農業部門雇用者数)は+31.0人の予想で、昨年11月以降初めて増加数が40.0万人を下回る可能性があります。失業率は3.6%と前月比横ばいで、平均労働賃金は、前月比+0.4%、前年比+5.2%の予想。

4月雇用統計のレビュー

 BLSが5月6日に発表した4月の雇用統計では、NFPは42.8万人増加して、事前予想の38.5万人をやや上回りました。前月分は43.1万人から42.8万人に修正。

 雇用の伸びは広範囲に及び、特にレジャー・サービス業、製造業、運輸、倉庫業が好調でした。2022年になって雇用者は月に平均すると52万人増えています。

 失業率は3.6%で横ばい。平均労働賃金は、前月比+0.3%で、1年前に比べて+5.5%も上昇しています。アトランタ連邦準備銀行による賃金追跡調査によると、労働賃金は過去最大の上昇率。

 ジェローム・パウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長は、5月FOMC(米連邦公開市場委員会)にて「労働需給はかなり引き締まった状態である」との見解を示し、労働コスト上昇を原因とするインフレ率の一段の上昇を懸念しました。

 FRBの本音を言えば、求人数が大幅に減って、労働市場が均衡に近づくまで需要が減ってほしい。なぜなら労働市場の過熱が止まるまでFRBは利上げを続けなくてはならず、利上げを続けるほど米経済のソフトランディングの可能性も低くなるからです。

 しかし現状はどうか。昨年(2021年)9月に15万人という大量の新規採用計画を発表した米ウォルマートは、今年の4月末までにさらに5万人の従業員を募集しました。しかし、十分な人が集まっていない。働く人が不足しているのです。

 労働者をつなぎとめるために企業は、競合相手よりもより給料やボーナスを多く支払わなくてはいけない。その結果、賃金が上昇しています。平均労働賃金は、過去1年で+5.0%以上も上昇しました(日本の2022年の平均賃上げ率は2.1%)。最近の米調査によると、転職者の半数が10%以上の収入アップ、9%は50%以上もアップしています。

 現在の人手不足状態では、いったん従業員を解雇してしまうと次に見つけるのが難しい。そこでたとえ仕事がなくても人材を手元に置いておく会社も増えています。「雇用は増えていない」が、「解雇は減っている」のです。雇用者数が伸び悩む中でも失業率が下がっている理由です。

 雇用市場の「負のスパイラル」

 新型コロナ以降、経済は光速スピードで変化しています。そして経済の構造変化や景気循環にもっとも敏感に反応するのは、いつの時代でも雇用市場です。

 2021年がコロナ給付金による「貯蓄主導型」消費だったとすれば、2022年は「所得主導型」消費に代わったといわれています。

 コロナ給付金などの臨時所得や、使う機会がなく半強制的に貯金されていたお金は、使ってしまえばそれでおしまい。リベンジ消費はあっても長続きしない。消費拡大が持続するためには、安定的な収入増のバックアップが不可欠です。米国の平均労働賃金は、過去1年で+5.0%以上も上昇しました。

 米国や日本でもFIRE(経済的自立と早期退職)がブームになっていますが、これほどの高インフレや株式市場の下落は想定していなかった。人生プランを大幅に修正する必要が生じた結果、労働市場へ復帰する人も増えているようです。

 雇用統計の注目ポイントも、失業率そのものから賃金上昇率へと移っています。労働コストは最終的に価格に転嫁され、インフレ率を押し上げるからです。所得増による消費拡大は景気拡大期待につながりますが、景気回復とインフレも関係があり、FRBの金融政策にも強い影響を与えます。

 賃金上昇率の推移は雇用統計の平均労働賃金を見るとわかります。ただ注意しなくてはいけないのは、このデータが単純平均で算出されていることです。

 2020年、新型コロナでニューヨークなど米国の大都市がロックダウンされた時、飲食店などのサービス業などに携わる従業員が大量解雇されました。

 低賃金層の労働者が一斉にデータから外れた結果、実際の給料がアップしたわけではない(そもそも働いていない)のに、統計データ上では、平均労働賃金が急上昇するという不思議な現象が発生しました。

 ということは、解雇された低賃金労働者がアフターコロナに大量に労働市場に戻ってくることで、平均労働賃金は逆に下がるはずでした。FRBも、賃金はすぐに低下し、インフレも一過性で放置しても問題なしと予想していました。

 ところが、賃金は上がり続けました。米国の平均労働賃金は、この1年で5%以上も高くなっています。米政府の給付金の大盤振る舞いで人々がなかなか仕事に戻らなかったり、ベビーブーマー世代の一斉退職だったりで、労働力不足は深刻になっているのです。

賃金上昇は米雇用市場にバッドニュース?

 賃金上昇とインフレ上昇が止まらなければ、FRBは利上げを続けるしかない。米経済は1年以内に急ブレーキがかかってしまうといわれています。この負のスパイラルを断ち切るには、労働力が増えることしかありません。

 物価高など生活費の上昇による実質所得の減少が人々の仕事復帰を促し、その結果平均賃金が下がり、インフレが低下するのか。あるいは、実質所得の減少が消費を抑え、雇用が縮小するのか。現状は同じでも将来のシナリオは二つに分かれています。

 前者のケースは緩やかな経済拡大を予想しますが、後者の場合は不況という結末が待っています。