景気後退懸念が和らいだという解説で円キャリートレードの復活を囃す声が大きくなってきたが、筆者は世界規模の不況がそう簡単に回復するとは思っていない。しかし、現在は金融バブルと世界のGDPの7%弱の財政出動(公共事業)によってマネーがジャブジャブの状況にあるので、相場は下方硬直性(下げにくい)バイアスを持っている。

ここ数週間、円相場の焦点となっていたドル/円相場の「93円50銭割れ」はとりあえず回避された。6月2週あたりまでにこのポイントが破られないと、5月22日の93円86銭で2番底をつけた格好となるだろう。

ドル/円(日足)レンジブレイクは回避され94円~102円のレンジ相場が継続中

S&P500インデックス(日足)14日方向性指数ADX(赤)と26日標準偏差ボラティリティ(青)の推移
(出所:石原順、ブルームバーグ)

ドル/円相場の急騰の背景には米国債の金利上昇によるヘッジのドル買いがあるが、PRDC債(仕組み債による円キャリー取引)のドル金利部分のヘッジがいっせいに持ち込まれたようだ。米国の金利上昇で素直にドル/円が買われたわけではなく、大量に販売されている仕組み債絡みの需給によるものである。最近のドル/円相場の動きは理路整然とした動きが少なく、こうした裏の需給やクロス円相場の動向がメインとなっている。

米国の金利上昇の要因についてはクライスラーの債券保有者を軽視した破綻処理や、格下げ懸念等による米国政府への信任の低下があげられよう。5月16日の米投資情報誌「バロンズ」が<米国債のバブル崩壊>の記事を掲載したことも金利上昇に拍車をかけている。米国のインフレ懸念を題材にしたレポートも増えている。しかし、株式市場が上昇基調にあるうちの金利上昇は、景気後退懸念の緩和ということでポジティブに処理されるだろう。本当に怖いのは株式市場が下落基調となっているのに金利が上がり、ドルが売られるというトリプル安が継続する事態となった時だが、現在はそのような事態となっていない。我々は経済学者ではないので、株が上がったから債券が売られたという単純な現象だととらえるのが相場的判断となろう。もちろん、米国の金利上昇はモーゲージ市場を直撃し住宅市況を悪化させるが、それは株式市場に織り込まれる。株式市場が上昇基調にある限り、米国金利の上昇はネガティブな材料にはならないだろう。

米10年国債金利(日足)
現状は悪性インフレ懸念というより株式市場の上昇による水準訂正と考えるのが妥当か…

ブラジル ボベスパ指数(日足)
(出所:石原順、ブルームバーグ)

さて、相場の実践的な話に移ろう。筆者は今年に入り、豪ドル/円の押し目買いを一貫して推奨しているが、それはこの通貨の動きが非常にわかりやすいからである。この世界不況の最中、豪経済も悪材料をあげればきりがない。しかし、豪経済には当面フォローの風が吹く。中国の公共事業を背景とした確実な資源高(鉄鉱石需要)があるからだ。豪ドル相場に取り組むには、複雑な事を考えず、金利見通しと鉱山会社BHPビリトンや原油のトレンドをみていればよい。

BHPビリトン(左)と原油先物相場(右)の日足

ドル/円(日足)三尊天井パターンの出現と重要サポートライン(赤)
(出所:石原順、ブルームバーグ)

原油や豪ドル/円の動きをバブル相場であるとして警鐘をならすレポートも目にするが、上げ相場というのはすべからくバブル的傾向を持っており、そもそも現在の“上げ相場”は株にせよ何にせよ金融バブル相場なのである。

以下のチャートはあるファンド(CTA)が使っている、(相場のレンジ抜けを根拠とする順張り取引システムの)豪ドル/円(週足)の売買シグナルである。2009 年3 月13 日週足終値の64 円47 銭で豪ドル買いシグナルが発生して以来、5 月28日現在まで豪ドル/円は「買い」ポジション持続となっている。中期タームの売買シグナルは豪ドル高トレンドが継続中だ。また、豪ドル/円相場参加者のモーメンタムは緑の中立ゾーンにあり、バブルというほど相場に過熱感は生じていない。これまで何回か触れてきたが、円売りの場合は「豪ドル/円」のトレンドが一番掴みやすく、相場のトレンドが美しい。これは他の円相場とATR(相場変動幅の20日移動平均線)の動きを比較しても一目瞭然である。

豪ドル/円(週足)と順張り取引の売買シグナル

ユーロ/円(左)とドル/円(右)のADXの推移とトレンドの判定
(出所:石原順、ブルームバーグ)

通貨のペアはたくさんあるが、筆者は単純なロジックで動く通貨が好きである。「風が吹けば桶屋が儲かる」といったバタフライ効果やカオス理論は学問としては興味深いが、相場参加者はそんな難しいロジックで売り買いを行わない。そもそもマネーというものは複雑なロジックでは決して動かないのである。

クライスラーやGMの破綻処理方法をみても明らかなように、現在のマーケットは金融当局によって資本主義の原理原則が無視されている。すべてを先送りし、臭いものには蓋をするジャブジャブの金融バブル相場である。4月から現金比率の高かったファンドがポジションを取り始めたが、ここにきてファンドの動きも各市場でかなり活発になってきている。いましばらくは楽観的なスタンスで金融バブル相場に取り組みたい。

円相場の相場変動幅(ATR)の動向(データは2009年5月28日まで)

ドル/円およびクロス円市場は「円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する」という市場の構造を持っている。(特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の特徴である)ドル/円やクロス円通貨は、ATR(アベレージトゥルーレンジ)が下がる過程で円安、上がる過程で円高となるパターンが多い。黄色の期間は円の売り放置やキャリー取引はリスクが高くなる。

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(出所:石原順、ブルームバーグ)

ユーロ/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯

ユーロ/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(出所:石原順、ブルームバーグ)

ポンド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯

ポンド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(出所:楽天証券)

ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯

ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯
(出所:石原順、ブルームバーグ)