資本主義社会というのは利益(プラス)の分配もするけれど負債(マイナス)の分配もするのである。株価の下落・増税・リストラ・賃金カットなどは負債の分配の過程であって最終段階ではない。古今東西、歴史が教えてくれることは、膨大なマイナスの分配にはインフレが必要となってくる。そして、いつもインフレの犠牲になるのは政府や企業でなく個人である。我々が資産運用をする究極の目的はインフレへのヘッジに他ならない。

現在、主要先進国が財政出動と低金利を組み合わせたインフレ政策をとっているが、3月5日に欧州と英国は0.5%金利を引き下げ、英国は市中に供給する資金を増やす量的緩和策の導入に踏み切った。本来インフレを抑さえるのが仕事である中央銀行が正反対の政策をとっているのだから、異例の事態といえるだろう。

米国では金融機関の国有化阻止のためにいろいろな手を打ってきたが、3月5日の市場ではシティグループの株価が1$割れとなり、JPモルガン・チェースやウェルズ・ファーゴ、バンク・オブ・アメリカの社債保証コストは過去最高を記録している。また、「GMは経営再建を目指すチャプター11ではなく、会社を清算するチャプター7になるのではないか」との観測があるなか、昨日GMの監査法人が「会社存続の可能性を疑問視している」と指摘したことで、マーケットは疑心暗鬼になっている。このような悲観論が蔓延すればするほど、株価の底打ち時期が近づいてくる。いつもそうだが、過去の強気相場の始まりは、皆が「万策尽き果てた」と思ったときから始まっているのである。

事の顛末がどうなるかはわからないが、この先、大規模な負債を抱えた問題企業のリセットが終わった途端、インフレ懸念が噴出するのは間違いないだろう。各国政府がそのような政策をとっているからだ。そうなると、現金をもっていると損をする局面が到来する。この局面で実物資産のバブルやインフレヘッジとしての株買いも行われるだろう。そのタイミングがいつになるかわからないが、急落がおこらずにジリジリ下げているうちはトレンドが変わらない。夏までに株式市場の急落(下落相場の最後は急落)がおこれば、株式市場はいったんリバウンド局面に入るのではないかとみている。

リーマンショック後は基本的に米国内のマイナスを埋めるために、リパトリ(ドルの本国回帰)によるドル高が続いてきたが、このドル高は現在米国の製造業を直撃している。米国の製造業の不況はいまに始まった話ではないが、米国の製造業の業績が回復するには3年程度のドル安が必要だと言われている。財政出動と低金利の組み合わせで持続可能な通貨政策はドル安であり、問題企業のリセットが終われば米ドルはインフレ懸念から売られるという局面がいずれ到来するだろう。格付け機関による「格下げ」が相次いでいるなかで、米国企業の資金調達コストが急上昇している。おおまかにいって、米国企業の収益の4割は金融収益である。この資金コストの上昇とドル高は米国の製造業の基盤を危うくさせている。米国を代表するGEの株価は5$台まで売り込まれているが、市場では 2$台まで下がるとの観測が出ている。このような状況のなかでのドル高は、政策的に上値の限界があることを頭に入れておきたい。

ゼネラル・エレクトリック(日足)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ゼネラル・エレクトリック (General Electric Company) は多角経営会社。テクノロジー、メディア、金融サービスなど多様な事業を手掛ける。航空機エンジンをはじめ、発電機、水処理、セキュリティ関連などの技術製品から、医療映像、法人・消費者向けの金融、メディア・コンテンツ、一般工業製品などに至るまで幅広い製品とサービスを提供する。

リプスキーIMF(国際通貨基金)筆頭副専務理事は「おそらく2011年まで先進国経済がトレンドライン成長率を取り戻すことはないだろう。前例のない政策対応を正当化する非常に深刻な不況である」と経済見通しを述べたが、現在の相場で各国とも悪材料を探せばきりがない。外為市場では先進国通貨の悪さ比べもそろそろ一巡した感がある。円安について相場の解説がいろいろされているが、現在の円安はショート・カバー(円買いポジションの損切り)主導の需給相場である。貿易赤字・政局の混迷などは昨年来の話なので、円安の主たる要因ではないだろう。90年代より、日本の景気後退期に円安が長期に継続した局面を筆者は知らない。

おそらく現在の円安に火を注いだのはヘッジファンドの買い戻しである。「日本の某金融機関は損失の出ているドル建て商品を持ちきり、3月決算でのリパトリはない」という噂?により、ファンド勢は一斉に買い戻しに動いた。また、仕組債にからむオプション売買による円高も、現状の円安水準だと回避されそうだ。上記の2大円高要因は杞憂に終わりそうだが、本邦勢の決算月である3月は突発的な円高に警戒が必要なのは言うまでもない。

ドル/円(日足)とDynamic Momentum Index


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ドル/円はギャンアングルをサポートに上昇局面を継続しているが、筆者がみているRSIにボラティリティ(相場変動率)を加味したDynamic Momentum Indexをみると、結構いい水準まで円安相場が進んだのではないかと思われる。日足ベースで取引する場合はここからの上値追いには注意が必要だろう。

米顧客脱税問題をかかえるスイス、ドイツからの不協和音や金利下げ余地のあるユーロ、量的緩和のポンドといずれも買いにくい。今や消去法でも買う通貨が見あたらない。市場間の相関関係が崩れ、「相場がなにを基準に動いているのかわからない」と皆がいっている相場である。現状、相場を動かしているのは「需給」だけなので、長いポジションを持つにはいささか危なっかしい相場と言わざるを得ないだろう。

やはり、現在の環境を考慮すると手堅いのは短期売買である。以下のチャートは「時間足」で筆者が実際に売買を行っていた時(3月4日~3月6日)のチャートである。

楽天FX「時間足」チャートと21時間ボリンジャーバンド1σの飛び出し局面ドル/円(左上)・ユーロ/円(右上)・ポンド/ドル(左下)・ユーロ/円(右下)


(出所:石原順、楽天証券)


(出所:石原順、楽天証券)

とにかく、相場は行きたい方向に動く。相場がどちらに動きたいか、それは神様でない限りわからない。相場の動く理由を筆者は知らないので、相場についていくしかない。この不確実性の時代、相場で生き延びるには技術が必要だ。

視界不良の相場環境が続くうちは、相場に方向性のあるとき((1)移動平均線に上下いずれかの傾きある・(2)ボリンジャーバンドの1σ(シグマ)を飛び出している)のみトレードし、細かい収益を積み重ねていくのがベストであろう。

円相場の相場変動幅(ATR)の動向(データは2009年3月5日まで)

ドル/円およびクロス円市場は「円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する」という市場の構造を持っている。(特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の特徴である)ドル/円やクロス円通貨は、ATR(アベレージトゥルーレンジ)が下がる過程で円安、上がる過程で円高となるパターンが多い。黄色の期間は円の売り放置やキャリー取引はリスクが高くなる。筆者はデイトレードおよびスウィングトレードでも緑の期間は円売り、黄色の期間は円買いを中心にしている。相場の循環からみると、当面は円高バイアスがかかり続けるので過信は禁物である。また、過去にはATR上昇で円安、ATR下落で円高となった局面も多いので注意されたい。

(また、ATRやボリンジャーバンドの売買手法については、過去のレポートをご覧ください)

ユーロ/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ポンド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)