今週、海外のトレーダーの間で話題になっているのは、ドル/円のオプションとファンドの解約売りある。1月21日に満期を迎えるストライクプライス90円(70億ドル相当)のオプションに絡む攻防で、今週から来週の半ばまでドル/円相場の変動率は上がらないという噂である。

ファンドの解約売りの話は、1月15日の英紙フィナンシャル・タイムズに「ヘッジファンド資金流出:12月は全体の10%、1-3月も続く公算」という記事があったが、昨年12月だけで1500億ドル(1$=90円換算で約13兆5000億円)が純流出したと言われている。現在、ヘッジファンド業界は解約停止や解約の延長が相次いでおり、流動性リスク(換金できない)が強調されている。百年に一度の危機といわれる状況のなかで、手元流動性を厚くしておこうという投資家のバイアスから解約の流れは止まっておらす、ファンドは換金売りに迫られている。今後も換金売り相場が誘導する円高・ドル高局面が度々起こるであろう。

相場の大きな流れをみると、リスクマネーの収縮から全てのリスク商品に換金売りが続いており、リスクテークをしていく環境で買われたコモディティ・株・円キャリー通貨はいましばらく戻り売りが有効となろう。解約の売りは相場のレベルに関係なく、時間的制約のなかで行われる。値頃感が通用しないので注意したい。

原油先物(左)ゴールド先物(中央)NYダウ(右)の日足の推移
リスクマネーの収縮による換金売りが続いている


(出所:石原順、ブルームバーグ)

昨日から「米BOA、150億-200億ドルの公的資金注入で米政府と合意間近」「米上院本会議が金融安定化策の残り3500億ドルの拠出を承認」「オバマ次期大統領は問題資産購入計画(TARP)の資金枠のうち最大1000億ドルを住宅差し押さえ危機対策に活用したい意向」(ブルームバーグ)など前向きなニュースも出てきている。この裏側では、米銀シティグループがビジネスモデルの再構築のために証券業務を売却したように、“本業に立ち返る”というオーバー・レバレッジ経営の解消が世界中の金融機関で急速に進んでいる。「最後に残るのは支店を通じた銀行業務とM&A(企業の合併・買収)助言、証券引受、決済、法人向け融資、顧客のための取引執行だとシティ関係者らは述べた」(ブルームバーグ)と報道されているように、金融機関のオーバー・レバレッジ部分の解消が完了するまでは基本的にリスクマネーの収縮が続くことになる。20日のオバマ大統領就任前後までは売りすぎた反動によるリバウンド相場がみられるかもしれない。だが相場の上値は限定的なものとなろう。

今週の外為市場はリスク回避によるリバトリ(投資資金の母国回帰)のドル高や、円キャリーの巻き戻しの動きとなった。しかし、相場のトレンド(方向性)を判定するのに筆者が使っている【26日の標準偏差ボラティリティ】と【14日のADX方向性指数】は共に低下している。

ドルインデックス(日足)
(Euro 57.6% Japanese Yen 13.6% British Pound 11.9% Canadian Dollar 9.1% Swedish Krona 4.2%Swiss Franc 3.6%)
(相場に方向性がある時期=ピンク色、相場に方向性がない時期=水色)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ユーロ/ドル(左)ドル/円(右)の14日ADX方向性指数(赤)と26日変動率(青)
(相場に方向性がある時期=ピンク色、相場に方向性がない時期=水色)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

相場変動は派手にみえるが、筆者の色眼鏡で相場を見る限り、現在の外為市場に方向性はない。方向性のない時期の相場の原動力は「損切り」である。市場参加者の「売ってやられ、買ってやられ」という結果で相場が動いているだけなので、思惑的なポジションをとる時期ではないだろう。筆者が外為プローカーやディーラーにヒヤリングしたところ、多くの人が「3日後はおろか明日の相場の予測もままならない」と述べているような相場である。

昨年12月26日のレポートで「現在の外為市場は金利感応度が上昇している」と述べたが、現在まで外為市場は金利の方向感をめぐって過剰反応を起こす展開が続いている。景気の悪化と利下げの出遅れ感でユーロを叩いていたと思えば、欧州中央銀行(ECB)のトリシェ総裁が「物価リスクは均衡、追加利下げ急がない」と発言しただけで大幅に買い戻されるといった具合である。利下げのスピードの問題はともかく、ユーロの金利低下傾向は変わらないと思われるが、要人発言で相場は大きく振れることになる。ユーロの金利が0%台に突入するまでこういった動きが続きそうだ。

これまでに述べてきたように、世界の主要国の政策が【積極財政+金融緩和=通貨安】となっている以上、相対取引である外為相場は不美人投票や悪さ比べの相場とならざるを得ない。世界規模でファンダメンタルズの悪化が続くというマクロ環境のなか、ミクロの取引では悪さ比べの単純な指標として【金利(の方向性)】が焦点となっているのである。外為市場は金利をめぐる神経質な展開がしばらく続きそうである。

米国10年国債(黒)日本10年国債(赤)ドイツ10年国債(青)の推移


(出所:石原順、ブルームバーグ)

リスク収縮や現金のバブルが昨年来ずっと継続しているので、大局的な円高バイアスはかかりつづけるだろう。現状は世界中が積極財政や金融緩和を行い、金融機関の保護に動いているので、現在は昨年10月のようなパニック的な円高にはなっていない。しかし、「3月決算に向けての円キャリートレードの巻き返し」「世界的な保護主義の台頭懸念」「中東戦争などの地政学リスク」「欧州諸国の格下げ観測」などの懸念材料を抱えた危うい相場環境が続いている。また、現在、米主要企業の決算発表シーズンに入っているため、当面、日中の相場はボラタイルな展開となろう。予定より早くなった本日16日のBOAとシティグループの決算発表でまた相場が振れそうだ。

方向性のない難しい相場環境のため、損切りはタイトにして利食い千人力の姿勢でいきたい。相場は1に損切り、2に損切りである。損切りをすると相場が反転することがよくあるが、資産管理のうえで正しいことを行っているのである。それを、悔やむべきではない。相場は明日もある。

円相場の相場変動幅(ATR)の動向(データは2009年1月15日まで)

ドル/円およびクロス円市場は「円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する」という市場の構造を持っている。(特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の特徴である)ドル/円やクロス円通貨は、ATR(アベレージトゥルーレンジ)が下がる過程で円安、上がる過程で円高となるパターンが多い。黄色の期間は円の売り放置やキャリー取引はリスクが高くなる。筆者はデイトレードおよびスウィングトレードでも緑の期間は円売り、黄色の期間は円買いを中心にしている。2008年相場ではうまく機能したが、我々は現在長期円高サイクルの最終波動のなかにいるのである。当面は円高バイアスがかかり続けるので過信は禁物である。また、過去にはATR上昇で円安、ATR下落で円高となった局面も多いので注意されたい。

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ユーロ/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ランド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)