現在の「金融恐慌」が「経済恐慌」に発展しないように世界各国が取っている政策は、【積極財政】+【低金利】政策である。先にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンが【マサチューセッツ・アベニュー・モデル】と命名したポリシー・ミックス(複数の政策目標を達成するために、いくつかの政策を組み合わせて行うこと)には以下の8通りのパターンがあるが、表の5~8は持続不可能な政策であり、現実的に持続可能な政策は1~4である。


(出所:『通貨政策の経済学』ポール・クルーグマン著)

【積極財政】+【低金利】政策から導き出される通貨政策は【通貨安】である。現在、世界各国が【積極財政】+【低金利】政策をとっているので、今後は通貨切り下げ競争となる可能性もある。現在は1929年当時のような金本位制の時代ではないので極端な通貨の切り下げや保護主義は回避されると思われるが、いずれにせよ、当面の外為市場は各国のファンダメンタルズの悪さと金利水準を比較する展開が続くことになろう。

現在、GM問題に象徴されるように米国の製造業は死の淵にあり、ドル高政策をとりにくい。一方、膨大な財政赤字のファイナンスには米国債を海外の投資家に購入してもらう必要があり、ドル高政策の看板はおろせない。このような状況で為替レートを決めていくのは、米国の金利水準である。

筆者はこれまで通貨を動かすファクターとその相関関係について検証してきたが、「米国の貿易赤字」も「雇用統計」も「介入」も通貨市場の動きを説明することはできなかった。長期的な検証を行うと、これらは通貨の変動と大きな相関関係はないのである。最終的に通貨の動きを説明できるファクターは1つしかなかった。それは【米国の金利】である。

筆者の通貨研究で掴んだ通貨投資の要諦は、①ドルの動きを説明できるのは米国の金利のみである②ドルは米金利が各国金利に比べて相対的に高い時期に買われる、の2点である。つまり、米国と他国との相対的な金利差の水準の結果としてドル高やドル安が起こっているのである。

財政赤字は通貨の信任低下につながり通貨安を招く(国債発行が増える→民間に資金がまわらない→景気が悪化する→通貨安になる)といわれている。昨今流行のドル暴落論もこのロジックであるが、過去のデータでは赤字が持続可能であれば、財政赤字は通貨の上昇をもたらしている。

財政赤字が通貨高を招く要因としては、
(1)経済対策(公共事業)による景気回復
(2)財政赤字拡大によるインフレ懸念から中央銀行が金利を高め誘導する
の2つがある。

FFレート(黒)米10年国債金利(緑)ドル/円(赤)1978-1998年


(出所:ブルームバーグ、石原順)

1980年、米国はインフレ退治にFFレートを20%まで引き上げた。スターブフレーションで経済のファンダメンタルズは最悪であったが、名目金利の上昇によりドルは暴落していない

FFレート(黒)米10年国債金利(緑)ドル/円(赤)1998-2008年


(出所:ブルームバーグ、石原順)

現在、日本の投資家に人気のある主要国の金利は、米国=1.0%、英国=2.0%、ユーロ圏=2.5%、日本=0.3%、オーストラリア=4.25%、ニュージーランド=5.0%である。他国に先駆けて利下げを行った米国は、将来、英国や欧州よりも早く利上げサイクルに入ることになろうが、現時点ではまだ米国の金利は先進国の中で相対的に低い。米国の金利政策はゼロ金利や量的緩和まで視野に入っており、目先の動きはともかく超長期の観点からみると、景気の金利の2つの要因から考えて、次にドルが本格的に上昇する局面は2010年以降となるだろう。

今週は円高が進行している。12月の1週目はここ数年、円高傾向が顕著となっているが、12月の2週目以降は切り返しているのも事実である。例年、クリスマス休暇のシーズンは流動性が落ちてトリッキーな動きとなりやすいので、この円高の動きが今後数週間継続するかどうかはわからない。

ドル/円(週足)と12月1週目のドル/円相場の動き(赤のローソク足)
例年、12月1週は円高、12月2週以降は相場反転となりやすいが、今年は・・?


(出所:ブルームバーグ、石原順)

円の急騰リスクとして、10月の円高の隠れた主役といわれている【金利・通貨スワップ】に絡んだ「オプションのデルタヘッジ」・「スワップのキャンセレーション(解約)」が円高トリガーとなる可能性があるので注意したい。ドル/円や豪ドル/円の【金利・通貨スワップ】という商品は、外資系投資銀行や日本の証券会社、あるいは一部地銀を経由して事業法人や個人が大量に購入しており、現在大幅な損失が出ている。2006年~2007年に販売されたものは、ドル/円では93円~74円あたりまでノックアウトが並んでいる。

米国株は米自動車ビッグスリーの救済問題への思惑で、上げても下げても一方通行の相場が続いているが、どちらに動くのかわからないような状況である。対円相場は三角保合が収斂し煮詰まってきており、円の急騰リスクが高くなっているものの、まだ保合の範疇だ。12月1~2週目のドル/円、クロス円相場は、円安への戻り局面は「円買い」、大幅な円の急騰時は「円売り」の逆張りシーズンと筆者はみている。ほんとうに確かな方向性が出てくるのはクリスマス休暇明けの年末年始となるのではないだろうか?

NYダウ(日足)と相場変動率(26日標準偏差ボラティリティ)と移動平均リボン


(出所:ブルームバーグ、石原順)

円相場の相場変動幅(ATR)の動向(データは2008年12月4日まで)

ドル/円およびクロス円市場は“円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する”という市場の構造を持っている。(特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の特徴である)ドル/円やクロス円通貨は、ATR(アベレージトゥルーレンジ)が下がる過程で円安、上がる過程で円高となるパターンが多い。黄色の期間では円の売り放置やキャリートレードはリスクが高くなる。ATRは過去に見ないような高い変動幅を記録しており、現在は平時よりもリスクの高い局面であることに注意していただきたい。変動幅が低下しても変動幅の絶対水準が高すぎるので相場の振れが大きくなる。

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:ブルームバーグ、石原順)

ユーロ/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:ブルームバーグ、石原順)

ランド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:ブルームバーグ、石原順)

ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:ブルームバーグ、石原順)