筆者の夏休み中にユーロ/ドルが急落した。7月15日の最高値1.6038から1.4753まであっという間に下げて、対ドルで5カ月半ぶりの安値まで売られている。ポンド/ドルも1年10カ月ぶりの安値を示現している。ドイツとフランスの第2四半期の経済成長率がマイナスとなったので、G7でプラス成長を保っているのは米国と英国のみである。1999年にユーロを導入して以来、ユーロ圏の経済成長が初のマイナス成長を記録しているように、世界中景気後退=悪さ比べの相場環境がはっきりしてきた。

これまで述べてきたように、原油安によって「ドル売り・円売り・原油買い」というこれまで積み上げられたポジションが本格的に巻き戻され「ドル高・円高・原油安」が進行している。この原油安は米国のドル高政策と軸を一にしているのは言うまでもない。

世界中景気が後退していく環境のなかで、為替市場でもマーケットテーマの大きな変質がみえてきた。現在の為替相場の焦点は原油相場にある。2002年以降続いてきた「ドル売り・原油買い」のインフレ・ヘッジ相場は一旦終了した形となっている。

WTI原油先物先物(赤)とドルインデックス(青)の推移


(出所:石原順、ブルームバーグ)

また、米国債金利とドル円相場は2006年10月頃から相関関係が非常に高かったが、ここ数週間は連動性が失われている。世界中景気が後退し、どこの国も「利下げ観測」が浮上するようになると、外為相場の決定要因としての「金利差」のウエイトは下がっていく。一度「利下げサイクル」に突入すると概ね半年は利下げが続くことから、景気後退期のキャリー取引は難易度が高くなる。

米2年国債金利(赤)とドル/円の推移


(出所:石原順、ブルームバーグ)

世界のファンドマネーは米国を拠点としている。世界から集まった投機資金は一度金融大国である米国に集中し、そこから世界に再分配されているというのがファンドマネーの構図である。米国・日本・ユーロ圏・オセアニア・新興国のいずれも景気後退が必至の状勢の現在、米国の市場で起こっているのは「カントリー・アロケーションの見直し」である。デカップリングという言葉が一時期流行ったが、(デカップリングは超長期ならともかく短期的には困難である)米国がこけたら半年から1年のタイムラグはあっても世界中こけることははっきりしているのだ。世界経済を牽引してきた米・中の経済成長に陰りがみられるなか、特出して経済状況のよい国など見つかるわけがない。そうなると、多くのファンドはこれまでの国際分散投資を縮小し、資金を一旦米国に戻すという行動ファイナンス理論的な振る舞いを見せるのが常である。今週はファンドの解約期限の週で、この傾向に拍車がかかっている。「米国のドル高・原油安政策と世界的な景気後退の組み合わせ」は予想を超えるドル高をもたらしたが、その背景にあるのは米国発のファンド資金の自国回帰であろう。米国経済のファンダメンタルズからドルが買われているのではない。

ユーロ/ドル(日足)1.6から1.53のレンジを離れ急落相場に発展


(出所:石原順、ブルームバーグ)

先週は「8月は円高の月?」というレポートを書いたが、この8月の円高はクロス/円で暴発したようだ。「ドル安・円安・原油高という環境では、豪ドル/円・ユーロ/円・ポンド/円といったクロス円での円売りが概ね有効にワークした。しかし、もう一段の原油安によって今までのドル売り・円売り・原油買いというポジションが本格的に巻き戻されれば、ドル高・円高・原油安を誘発する可能性がある」という危惧が現実のものとなった。

現在の市場ではドル/円・ユーロ/ドル・ドル/スイス・豪ドル/ドルなどの対ドルストレート通貨の売買は「原油が下がればドルを買う」といった単純なロジックで行われている。投資家はストレート通貨でしばらくドルの押し目買いに比重を移すのがよいだろう。「円安・ドル安・原油高」という環境が失われ、世界的な利上げサイクルが終焉を迎えている現在、金利差に着目した取引は難易度が高くなっている。今週のクロス/円相場の下げの原動力となっているのは、クリック365のポジションに代表される大幅に偏った日本人のキャリー取引のポジションを狙った投機筋のストップロス・ハンティングである。3月以降構築されてきたクロス/円の円売りポジションは、まだポジションの偏りが十分解消されておらず、ロスカットが終わったとは言えない状況にある。値頃感からはそろそろ買いたい水準にきているが、慎重な投資家は持ち高調整が終わったのを確かめてから相場に参入するのがよいだろう。

今週は豪ドル/円相場に対して不安を抱えている投資家からの照会が多かった。高金利通貨買い/円売り取引の場合は絶対金利差が相場のサポート要因にはなると思われるが、投機筋は豪ドル/ドルの0.85ドルや豪ドル/円の90円を視野に入れているとシカゴ市場では囁かれている。豪ドル/円はすでに11 円超の下落をみているので、ここから切り返す可能性もあるが、下落幅のわりに持ち高解消が進んでおらず上値は重いと思われる。

悪さ比べの比較感相場のなかでのドル買いの賞味期限は3月を起点に半年から1年程度である。レバレッジを低くして分散投資を行っている長期投資家にとっては、現在のクロス/円の急落は分散投資のチャンスであろう。ただし、相場の変動幅が上昇してまだ初期の段階である事と、過去の変動値幅からはまだ下げ余地がある事を考慮すると、8月中のクロス/円の円売りは慎重さが求められよう。

豪ドル/円の変動幅(上段)と過去の急落相場の下げ幅(下段)


(出所:石原順、ブルームバーグ)

円相場とATRの推移

ドル/円およびクロス円市場は「円の上昇時に変動幅が拡大し、円の下落時に変動幅が縮小する」という市場の構造を持っている。(特に変動幅縮小の過程では円安になりやすいというのが円相場の特徴である)ドル/円やクロス円通貨は、ATR(アベレージトゥルーレンジ)が下がる過程で円安、上がる過程で円高となるパターンが多い。ATR上昇で円安、ATR下落で円高となることも多々あるので注意されたい。

ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

豪ドル/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ニュージーランド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ユーロ/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)

ランド/円(日足)とATR 緑のATR低下期間が円売りの有効時間帯


(出所:石原順、ブルームバーグ)