2月29日のバーナンキFRB議長発言を契機として市場ではドル売り実物資産買いが加速している。

バーナンキ発言の骨子は(1)「ドル安は赤字縮小に望ましい」(2)「信用市場の混乱収束は近くない」(3)「原油のユーロ建て表示は問題ではない」といったものだが、米国の金融政策のトップの発言で市場は大荒れとなった。

インフレ懸念のある中で(1)の通貨安容認は疑問だが、基軸通貨国である米国は基本的にドル高でもドル安でも困ることはない。(2)についてはデータを持っているのであろうが、FRB議長がこのような発言すれば常に弱いところを突いてくる市場の暴力性から株安・ドル安が誘発されるのは当然である。何より疑問なのは(3)のドル=原油本位制を放棄するような自滅的な発言であり、市場関係者は一様に首をかしげている。市場の安定化に皆が躍起になっている折のFRB議長の発言だけに、「失言」なのか「確信犯」なのかその真意がはかれないのである。

バーナンキFRB議長は『大恐慌に関するエッセイ』という論文に代表されるように恐慌研究のオーソリティである。「1929年の世界大恐慌はFRBが金本位制のドル相場を維持するため金利を引上げたのが大きな要因で、物価下落によるデフレが経済に深刻な打撃を与えた」と分析している。中央銀行の仕事は「物価の安定とインフレの抑制」であるが、このようなバックボーンから考えてバーナンキFRB議長の頭の中にあるのは「恐慌回避」と「デフレの脅威」である。

バーナンキFRB議長は学者出身であるためか、恐慌を阻止するための自説に固執しすぎておりマーケットとうまく対話できていない。「金利を下げてヘリコプターから紙幣をばら撒けば恐慌は防げる」と考えているようだが、これはマーケット軽視の机上の空論であろう。このためインフレ警戒派のFRB理事とも最近は意見が対立している。バーナンキFRB議長はドル安を容認しているのではなく(もっとも為替はFRBではなく財務省の管轄)インフレを容認しているのである。出てくるたびに利下げの予告ばかりやっており、市場はバーナンキFRB議長を「インフレ容認」のハト派と断定したようだ。

一方、グリーンスパン前FRB議長は2月25日にサウジアラビアで「インフレを抑制するにはドルペッグをやめたほうがよい」と発言しGCC諸国に衝撃を与えている。グリーンスパン前FRB議長は元々金本位制論者で、『金と経済的自由』とい論文のなかで「金本位制という制度下でなければ、インフレーションという名の略奪から我々の資産を守ることは出来ない」と述べている。確かに金本位制でなければ通貨の発行量に歯止めがなくなりインフレになりやすいが、今回のドルペッグ離脱勧告は回顧録のなかで「FRB議長時代はドルの暴落が一番心配だった」と述べていた同一人物の発言とは思えない。

米国を自滅させるかのような信じがたい要人発言が連続しているため、陰謀論やコモディティを利用した米国の国家戦略であるかのような観測も出ているが、今ひとつ筆者にはそのようなことをして誰が得をするのかがわからないのである。

「通貨もまた他の財と同じくその価値は希少性で決まるため、信用創造が進んでマネーサプライが増えればドルは価値を失わないではいられない」とグリーンスパン前FRB議長はかつて述べたが、現在、ここ数年の加速しすぎたグローバリゼーションはそのゆり戻しでいったんブロック化に向かい、サブプライムローン問題に代表される肥大しすぎた信用創造は収縮に向かっているようだ。

サブプライムローン問題は、実物資産である住宅(無審査物件)を証券化し金融資産に置き換えることで全世界に広がった。今起きているこの問題の処理は金融資産を実物資産に巻戻すことである。同時にグリーンスパン・プットやバーナンキ・プットと呼ばれるFRBへの信任も巻戻されているのであろう。バーナンキの度重なる利下げ予告とインフレ容認からFRBと基軸通貨ドルへの市場の信任が俄かに剥落してきた。

いずれにせよ、バーナンキ発言後は原油・金などのコモディティ市場が連日の高値更新相場となりドルは全面安となっている。買われすぎの原油やユーロがさらに買われ、売られすぎのドルがさらに売られているのであるが、それを支えているのは将来的に通貨もドル=石油本位制から商品バスケット本位制に変わるのではないかとの思惑である。
バーナンキFRB議長が現在の<財政緩和・金融緩和・通貨安>というポリシーミックスを推し進めた場合、市場が危惧するのはスタグフレーションである。これだけ利下げ予告ばかりやっていると催促相場になるだけで、実際に利下げしたところで効果は限られるだろう。政策金利の低下に反して、長期金利が上昇するときがドルの反転ポイントになるのではないだろうか?

財政・金融・通貨政策のポリシーミックス


(出所:石原順、ブルームバーグ)

現在、3カ月物米国債利回りと3カ月物LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)の格差である「TEDスプレッド」は昨年12月以来の拡大となっているが、筆者は「質への逃避」や「信用不安」もこの3月中にいったんピークを打つのではないかと考えている。

米国10年国債金利(黒)とドル/円(赤)の推移


(出所:石原順、ブルームバーグ)