本レポートに掲載した銘柄

スズキ(7269)富士重工業(7270)

1.世界の新車販売は順調に拡大中

自動車の世界市場(新車販売台数)は順調に拡大しており、2016年暦年は前年比4.7%増の9,386万台(商用車を含む)となりました。2015年の1.5%増から伸び率が拡大しました。特に伸びたのが中国で、小型車減税の効果で13.7%増となりました。インドも7.1%増となり、アジア・大洋州・中近東は前年比7.9%増の高成長地域となりました。欧州も5.8%増となりました(2015年は2.4%増)。

一方、アメリカは2015年5.9%増から2016年0.1%増へ急ブレーキがかかりました。日本は2015年9.3%減、2016年1.5%減とマイナス成長が続きました(数字、伸び率は国際自動車工業連合会の販売統計による)。

世界の自動車市場は2017年以降も波はありながらも順調に成長すると思われます。ある国、地域で減少しても、他の国、地域でそれを補う形で成長することが予想されます。そして、今後5年以内に世界の新車販売台数は1億台に達する可能性が高いと思われます。この数字の大きさは、完成車メーカーへの投資のみならず、自動車部品メーカー、自動運転・電気自動車関連銘柄への投資にとっても重要です。

グラフ1 世界自動車販売台数

(単位:万台、暦年、商用車を含む、出所:国際自動車工業連合会(OICA)より楽天証券作成)

自動車株の投資妙味は、第1に企業としての安定感です。自動車の製造、販売を継続するには、素材の調達から各車種の生産、販売、中古車市場の整備まで長大なサプライチェーンを管理しなければなりません。そのため、一定規模以上のしっかりとした会社組織と、優秀な経営陣、スタッフ、現場労働者が必要になります。これがある自動車メーカーだけが持続的に成長できるのです。自動車メーカーの株価は、大幅な為替レートの変動がない限り急騰急落はなく、安定運用に向いていると思われます。

第2は、特に日本の場合、先進国としては珍しく乗用車メーカーの上場企業が7社(ブランドは9つ)もあるため、成長するためには海外展開が必須となります。日系自動車メーカーに投資することは、世界の自動車市場に投資することにもなるのです。

第3は、完成車メーカー、部品メーカーなど関連企業を含めた投資妙味ですが、自動運転と電気自動車を通じて、自動車が先端技術のかたまりになろうとしていることです。

今後は、自動運転、電気自動車の分野が特に重要になると思われます。1台10~20万円の自動運転システムを100万台に装着すれば、1,000~2,000億円、1,000万台に装着すれば、1~2兆円の市場が出来上がることになります。また、電気自動車の価格の半分は電池のコストと言われていますが、300万円の電気自動車が100万台売れれば、電池の市場は1.5兆円になります。自動車は単価が高く、市場(台数)が大きいため、関連市場も大きくなる傾向があるのです(自動運転と電気自動車に関しては、近々レポートします)。

自動車株への投資にはリスクもあります。日本の投資家にとっては、日系自動車メーカーはトヨタ自動車、富士重工業が代表例ですが、円安メリット、円高デメリットが大きいため、為替レートに注意する必要があります。ただし、円安に向かいそうな時に自動車株に投資する妙味もあります。また、自動車メーカーは他業種の企業に比べて巨大で、安全、環境に密接に関わるため、否応なく政治、各種の政策や規制の影響を受けます。しかし、厳しい環境規制がハイブリッドカーや電気自動車などの新しい市場を生み出してきたことも事実であり、これも一概にリスクとは言えません。このように切り口が数多くあるということが、自動車株あるいは自動車関連株投資の魅力です。

2.アメリカ市場は要注意になってきた

2017年は完成車メーカーへの投資にとって難しい年になりそうです。まず、最も収益性の高い市場であるアメリカ市場が変調してきました。アメリカの新車販売市場は2008年のリーマンショックで大打撃を受けましたが、2009年を底にして順調に回復してきました(グラフ2)。しかし2016年後半から、これまで新車が順調に売れてきた反動が中古車市場の下落や新車販売を維持するためのインセンティブ(販売奨励金)の拡大に現れてきました。2017年のアメリカ新車販売台数は、横ばいか微減となりそうです。

アメリカは先進国の中では珍しく人口増加が続いている国なので、いずれ回復すると思われますが、トランプ政権が大幅な移民の制限を行えば、緩やかな下落局面が続く可能性もあります。

また、ライトトラック(SUVとピックアップトラック)の伸びに対して、セダン中心に乗用車の減少が際立ってきました(グラフ3)。一度SUVに乗った人がセダンに戻ることは、大きな経済変動や各種の規制強化でもない限り考えられません。しかし、日系メーカーの多くはトヨタ自動車を筆頭にセダンを増やそうとしています。2017年夏~秋にはトヨタの新型カムリが発売されると予想されますが、これがトヨタの目論見どおりに売れて、セダン市場回復のきっかけになるとは考えにくいものがあります。競争が激化している低採算の乗用車(セダン)から高採算のSUVへの需要シフトは、本来は完成車メーカーの収益に貢献するはずですが、日系メーカーの多くはSUVブームに乗り遅れており、特にトヨタにとってはセダンの低迷が収益圧迫要因の一つになっています。

グラフ2 アメリカの新車販売台数

(単位:万台、暦年、出所:AUTODATAより楽天証券作成、予想は楽天証券)

グラフ3 アメリカの新車販売台数(年率換算)

(単位100万台、出所:AUTODATAより楽天証券作成)

表1 アメリカの新車販売台数:前年比

3.「国境税」が導入されるとどうなるのか

加えて、もしトランプ政権が主張する「国境税」が導入されるならば、アメリカで活動する日系メーカーには打撃となります。実際にどの程度のダメージがあるのか見たものが表2です(2016年12月22日付け楽天証券投資WEEKLYに掲載した表5に加筆)。国境税が導入されると、アメリカが輸入する完成車が課税されることになります。税率によっては、アメリカで値上げして販売する、アメリカ以外の他国に輸出する、日本の工場で減産しアメリカ工場で増産するなどの選択が必要になります。

この表を見ると、メキシコ生産が少なく、日本からアメリカへの輸出も多くはないトヨタへのダメージは大きくはないはずです。もともとトヨタはアメリカへの投資を増やすつもりですが、もう一段進めてアメリカに新工場を建設すればトランプ氏も納得するでしょう。トランプ大統領がトヨタの名前を出してアメリカに工場を作れと主張しているのは、単にトヨタが大きくて目立つからだと思われます。

本田技研工業のメキシコ生産はトヨタより多いですが、アメリカでの生産規模も大きいため時間をかければアメリカで増産するなどの対応が可能と思われます。

一方、日産自動車の場合、メキシコ工場が対アメリカのみならず世界戦略の要になっています。そのため、国境税が導入されれば、日産は世界戦略全体を再構築する必要が生じる可能性があります。また、日産はアメリカでの販売を伸ばすために販売奨励金を日系他社よりも多く使っており、信用力の低いサブプライム層への販売比率も他社よりも多くなっているようです。アメリカ市場の動向如何では、これらが業績上の懸念材料に浮上する可能性もあります。

国境税はアメリカに工場を持たないマツダにとっても重大事です。日系メーカーの中で国境税が最も問題になるのがマツダでしょう。

富士重工業にとっても国境税は問題になります。マツダも富士重工業も、実際に国境税が導入されてから対応を考えるというスタンスですが、これは今から考えても仕方がないためです。ただし、マツダと富士重工業には大きな違いがあります。富士重工業はアメリカに量産工場を持っており、生産台数と生産車種を年々増やしています。この結果、2016年暦年に日本からアメリカに35万台輸出していた完成車が、2017年暦年は27万台に減少する見込みです。富士重工業のアメリカでの2017年暦年販売台数見通しは67万台です(2016年暦年は61.5万台)。

もし、富士重工業が日本からアメリカに輸出する予定の27万台に国境税が課税されると、最終的には現地生産を増やす必要がでてくると思われます。これは短期的には富士重工業にとって負担になりますが、もし現在稼働しているアメリカの2つの生産ラインにもう1ライン増やすか、新工場を建設するなどで現地生産拡大を決断するならば、それが富士重工業にとって飛躍に結びつく可能性が大きくなります。アメリカ現地生産を拡充することで日本からアメリカに輸出している車を、国内、中国、ロシア、欧州で販売することができるようになるからです。国境税が導入されることになった場合、同社がどう決断するのかどうかが注目されます。

なお、スズキは2012年にアメリカの自動車市場からの撤退を決断し、2013年に撤退しました。小型車中心のスズキの車種構成ではアメリカ市場での拡大は困難だったためです。そして、インド、アジア、欧州、日本向けを拡大することを決めました。これは英断でした。

表2 日系自動車メーカーのアメリカ販売とアメリカ・メキシコ生産(2016年4-9月)

4.中国は反動が予想されるが高水準維持か、インドは順調に成長か

中国市場は2016年は小型車減税の効果で二桁増となりました。2017年はその反動が予想されますが、足元は堅調です。

インドは、昨年11月に高額紙幣が廃止されたことによる現金不足によって、自動車の店頭販売に支障が出ていました。しかし、ローン販売比率を上げるなどの施策によって、その影響はほぼ解消された模様です。

インド市場は順調に拡大すると予想されます。中身も変化しており、日本円換算で100万円未満の小型車、大衆車から、100万円以上の小型車、小型SUVへの需要シフトが起きています。この波に乗ったスズキのようなメーカーの業績が順調に拡大しています。

アセアン市場も、国によってばらつきはありますが概ね堅調と予想されます。

日本は昨年10月までマイナス成長が続いていましたが、11月からプラス転換しました(表3)。日産の新型ノート、トヨタのC-HRなどの新車が発売されたことが販売を刺激しています。今年2月にはトヨタのプリウスPHVが発売されましたが、早速人気車種になっています。国内販売全体がどこまで持ち直すか注目されます。

グラフ4 各国新車販売台数:前年比1

(単位:%、出所:AUTODATA、各国自動車工業会より楽天証券作成)

グラフ5 各国新車販売台数:前年比2

(単位:%、出所:各国自動車工業会より楽天証券作成)

表3 日本の新車販売台数:前年比(ブランド別)

5.今の為替レートが続けば、業績への為替のインパクトは大きくない

日系各社への為替の影響を試算すると(表4、5)、2017年3月期業績に対して足元の為替レートの円高傾向はほとんど影響がないと思われます。来期2018年3月期に対しても、今の為替レート(1ドル=110~111円台)が維持されるならば、大きな影響はないと思われます。今の為替レートが続けば、2018年3月期1~3Qは、1年前に比べて円安になるため、ドル円、ユーロ円に限ると為替レートは増益要因になる見込みです。

表4 自動車各社に対する為替の影響(試算):2017年3月期

表5 自動車各社に対する為替の影響(試算):2018年3月期

グラフ6 為替レートの推移

(単位:円/ドル、円/ユーロ、2016年10-12月期まではトヨタの期中平均レート、2017年1-3月期は楽天証券試算、それ以降は楽天証券前提)

6.注目銘柄

スズキ(7269)

インドでトップシェアを持つ

スズキの連結子会社「マルチ・スズキ」(スズキ56.2%出資)は、成長期待の大きいインドで40%前後(2017年1月41.0%、2月37.5%)のトップシェアを持っています。2位のタタ(2017年2月13.2%)、3位の現代自動車(同13.1%)を大きく引き離しています。車種も豊富で、従来は日本円で100万円以下の大衆車が中心でしたが、最近は100万円以上の小型車の販売が増えています。インドの所得水準向上に伴って、より上級の車種への需要が増えているためです。

特に、ハッチバックのバレーノ(1,200ccガソリン、1,300ccディーゼル、89~143万円)と小型SUVのビターラ・ブレッツァ(1,300ccディーゼル、123~168万円)の2車種の人気が高く、業績に貢献しています。

インドだけでなく、欧州向けも好調です。小型SUVのビターラ(214~322万円)が好調で、これも業績に貢献しています。

2018年3月期は二桁増益の可能性

スズキの2017年3月期業績は、販売台数の増加、車種構成の高度化を、円高デメリットが相殺する形で一桁増益に留まる見通しです。しかし来期2018年3月期は今の為替レートが継続するならば、販売台数の増加と車種構成高度化が続くことで、20%前後の増益になる可能性があります。

現在、トヨタ自動車と技術提携を軸にした業務提携の詳細を協議中です。将来は資本提携の可能性もあります。ただし、技術的には自社でマイルドハイブリッド車、フルハイブリッド車を開発しており、自動ブレーキも日本で装着車種を増やしています。レベル2の自動運転までは開発のめどをつけている模様です。次世代自動車に向けて開発力は低くありません。

業績順調で、日本の自動車セクターにとって懸念材料であるアメリカの国境税問題と関係ないため、PERは日本の自動車メーカーの中では高めです。ただし、業績の伸びと投資リスクの低さを考慮すると、中長期の投資妙味が期待できると思われます。

表6 スズキの業績

表7 マルチ・スズキのカテゴリー別新車販売台数(卸売ベース)

グラフ7 インドの新車販売台数:前年比

(単位:%、インド自動車工業会、スズキより楽天証券作成)

富士重工業(7270)

アメリカ市場が主力

富士重工業の主力市場は、第一にアメリカで、次が日本です。アメリカでも日本でもスバルユーザーは自動車ローンの信用力が高い比較的所得水準の高いサラリーマン、自営業者が主力であり、かつ、運転が好きな人たちです。

アメリカが主力になるため、業績に対する為替の影響は日本の自動車セクターの中ではトヨタと並んで大きい会社です。2017年3月期は、円高デメリット、アメリカにおける販売奨励金の増加、タカタのエアバッグ関連費用の増加などを販売台数増加で吸収できず、30%近い営業減益となる見込みです。

新しい新車サイクルがはじまる

2018年3月期は、販売数量の増加がアメリカと日本で続くと思われます。これは日米での生産能力増強が続くことに加え、フルモデルチェンジした「インプレッサ」が昨年末から今年2月にかけて日本とアメリカで発売されたこと、来期(日本では今春)に予定される「XV」のフルモデルチェンジによる販売増加も期待できるためです。ちなみに、昨年の新型インプレッサから新しい新車サイクルが始まっており、これが約5年間続くと思われます。

この販売台数増加に加えて、来期はタカタのエアバッグ関連費用が大幅に減少する見通しです。今の為替レートが続くならば営業利益に対する円安メリットも期待できます。国境税が導入されない前提で、来期は営業利益4,800億円程度が予想されます。

自動運転に関しては、次世代アイサイトが2017年中に発売される新車から搭載される見込みです。これが実質的にレベル2の自動運転になります。会社の車作りのコンセプトが、運転が好きな人向けの車を作ることなので、完全自動運転は当面検討しない模様ですが、レベル3(完全自動運転で緊急時にドライバーが対応する)の搭載は将来ありうる模様です。

環境車については、アメリカで2018年にPHV(プラグインハイブリッド)車を、2021年に電気自動車を発売する計画です。

国境税はリスクだが転機でもある

円高と国境税リスクないしトランプ政権リスクを反映して株価は調整しており、来期予想PERは10倍以下になっています。このまま何も起きなければ、株価は割安と言えます。また、前述のように国境税が導入され、富士重工業がそれに対応してアメリカの生産能力を大幅に増強する決断を行うならば、短期的には業績にダメージが予想されますが、中長期的にはアメリカの工場増強あるいは新工場建設を通して、業績飛躍の期待が持てます。株価にはリスクがありますが、中長期で少しづつ投資を考えたい銘柄です。

なお、4月1日から社名を「株式会社SUBARU」に変更します。

表8 富士重工業の業績

表9 富士重工業の国別販売台数

本レポートに掲載した銘柄

スズキ(7269)富士重工業(7270)