中国経済において政府・人民・企業は「三位一体」
中国人の「愛国心」と行動原理を理解する上で、まず100周年記念式典当日、会場での二つの場面が、非常に有益です。
一つ目が、式典は従来9時開始だったのが、お昼にかけて天候が怪しくなることが予想されたため、念には念を入れて、直前に8時に繰り上げたこと。
二つ目が、式典への参加者には、マスク着用が厳格に禁止されていたこと。
前者に関しては、当日は主催者、出演者、観客などを含め、数万人が参加したわけですが、これだけの規模の人数が、直前のショートノーティス(急なお知らせ)で対応した事実は、特筆に値するでしょう。
後者に関しては、当日会場に足を運んだ知人に確認しましたが、多くの参加者は、往来の道中でマスクを着用していたとのことです。
この二つの場面から導き出せる情報は、中国人は、お上である共産党の政策、決定、指示などに対して、総じて従順的であるということです。
習政権では近年、人民への言論統制が強まり、同時にAI(人工知能)やビッグデータを通じて、個人情報が監視されたり、行動が追跡されたりという局面が一段と増えています。
ところが、これに対して人民は、言論の自由、プライバシーの保護という観点から、当局に不満をぶつけるのではなく、「それはそういうものだ。中国とはそもそもそういう国、党には党の考えがある。それによって社会が安定し、経済が成長するなら、政治的抑圧も人権軽視も甘んじて受け入れる」という態度を示す人民が大多数なのです。
「DiDi事件」やアリババ社への罰金やアント・フィナンシャル社の上海・香港同時上場延期を扱ったレポートでも言及しましたが、中国共産党は、多数の人民がこれらのIT大手企業のサービスや商品を日常的に使用しつつも、その過程で一定程度の不満や不信を持っていることを明確に察知した上で、“制裁”措置を取っているのです。
ここにも「愛国」の論理が作用しています。言い換えれば、仮に、企業への警告や罰金措置によって、人民が企業擁護に走り、お上のやり方に反発するだろうと判断すれば、当局はそのような締め付けはしないでしょう(当局の判断がいつも客観的、人民の受け止め方がいつも合理的とは必ずしも言えませんが)。
しかし、「中国共産党・人民」vs.「民間・上場企業」という対立構造を露呈しているわけでは決してありません。
アリババは10億以上、DiDi(滴滴出行)は約5億のユーザーを中国国内で抱えている。若干、極端な言い方をすれば、この2社のサービスなくして、多くの人民の生活は成り立ちません。
利便性という観点からも、党・政府も、これらの企業に依存しなければならない、人民を真ん中に挟んで、当局と企業が持ちつ持たれつの関係にある事実は疑いないものです。
2社は米国で上場しているという事情もあり、多くの海外投資家も、当局による最近のIT関連企業への規制などを懸念するのは、全く妥当な心境だと思います。
ただ、上記の「持ちつ持たれつ」という関係性が今後、根本的に変化する可能性は限りなくゼロに近く、2社のサービスを利用するユーザーも増えることはあっても、減ることはないでしょう。
そして何より、建国100周年の翌年に当たる2050年に向けて、中国共産党はイノベーションを加速して、持続可能な成長を追求すると明確に言っているわけです。
まさに、党や政府には不可能なIT革命、技術革新、商品開発を実現してきた、アリババやDiDiといった企業が、市場の原理と論理で、中国経済をけん引していく以外に道はないのです。
結論付ければ、中国経済を担うプレーヤーを当局、人民、企業とすれば、3者は相当程度一体、すなわち「三位一体」の関係を形成することが多いのです。3者が全体的に良好な関係を形成し、その関係性が一種の均衡点に達していることが、少なくとも中国においては、経済やマーケットの成長にとっては追い風だといえます。
この観点からすれば、当局が一部IT企業にビジネスモデルの刷新や企業再生を迫っている現状が、これらの企業が長期的に中国社会で成長し、経済をけん引していくための踏み台となり、結果的に、人民が企業をより信頼できるようになるのであれば、中国経済の持続的成長にとってはプラスに働くと私は考えます 。