中国共産党100年記念式典が意味すること

 7月1日、中国共産党結党100周年を迎え、その記念式典が、北京の天安門広場で開催されました。

 この記念式典は、私のような中国の政策研究を生業(なりわい)とする人間にとっては、中国の現在地や行き先を分析する上で、貴重な機会です。同式典の観察を経て、私の基本的分析は、以下になります。

(1)権力基盤の盤石さは経済、マーケットにおおむね有利

 習近平(シー・ジンピン)総書記の権力基盤は盤石であり、政治が不安定化する兆候は見られない。この現状は、経済成長やマーケットの動向には全体的に有利に働く。

(2)企業活動は政府の出方に左右される

 政府の経済、党の市場に対する監視や指導は続く。故に、特にIT関連を中心に、勢いのある民間企業などは、党・政府の出方を伺いながら慎重なビジネスを余儀なくされる。

(3)人民は習近平総書記の対外強硬姿勢を支持

 習総書記は、対米国、香港、台湾を含め、対外的に強い姿勢で挑んでいる。14億の人民もそれを支持し、愛国心を高揚させている。中国と西側の外交関係は引き続き緊張する。

 先週のレポートで扱った「DiDi事件」は、(2)を象徴しています。

 新疆ウイグル人権問題などを理由に、中国と西側諸国の関係が悪化し、板挟みになる外国企業も出てくるでしょう。

 日本企業でも、取引を停止するという企業がある一方、引き続き新疆ウイグル自治区で生産された綿花を使用するという企業もあり、対応はさまざまです

 中国と付き合う多国籍企業は、これまで以上に「自分が何者か?」「どんな企業理念でビジネスをしているのか?」といった部分を明確に定義、主張する必要性が出てくると思います。みんなにいい顔をして“いいとこどり”することが困難になってくるということです。

 そして投資家も、これまで以上にそういった企業の色を注意深く観察し、長期的な視野に立って資産運用につなげていくべきでしょう。

 以前も、レポート「中国人の資産運用ってどうなってるの?実は、超投資先進国!?」「理財」の9割が投資信託か。高いリスク許容度」で扱いましたが、中国という強大経済や巨大マーケットがどうなっているのか、どうなっていくのかを理解するために不可欠なのが、14億の中国人民の考え方や行動原理、そして価値観や人生観に迫ることだというのが私の基本的な立場です。

 レッドツーリズムの回でも議論しましたが、中国共産党一党支配下において、「愛国心」というのは、中国人の、消費心理・活動を含めた行動原理に如実に反映されていきます。

 そして今回は、前掲の「(3)人民は習総書記の対外強硬姿勢を支持」でも示した対外関係からも、中国人民の価値観について考えていきたいと思います。なぜなら、習総書記の100周年重要談話では、「外」から「内」を固める色彩が濃かったからです。

中国経済において政府・人民・企業は「三位一体」

 中国人の「愛国心」と行動原理を理解する上で、まず100周年記念式典当日、会場での二つの場面が、非常に有益です。

 一つ目が、式典は従来9時開始だったのが、お昼にかけて天候が怪しくなることが予想されたため、念には念を入れて、直前に8時に繰り上げたこと。

 二つ目が、式典への参加者には、マスク着用が厳格に禁止されていたこと。

 前者に関しては、当日は主催者、出演者、観客などを含め、数万人が参加したわけですが、これだけの規模の人数が、直前のショートノーティス(急なお知らせ)で対応した事実は、特筆に値するでしょう。

 後者に関しては、当日会場に足を運んだ知人に確認しましたが、多くの参加者は、往来の道中でマスクを着用していたとのことです。

 この二つの場面から導き出せる情報は、中国人は、お上である共産党の政策、決定、指示などに対して、総じて従順的であるということです。

 習政権では近年、人民への言論統制が強まり、同時にAI(人工知能)やビッグデータを通じて、個人情報が監視されたり、行動が追跡されたりという局面が一段と増えています。

 ところが、これに対して人民は、言論の自由、プライバシーの保護という観点から、当局に不満をぶつけるのではなく、「それはそういうものだ。中国とはそもそもそういう国、党には党の考えがある。それによって社会が安定し、経済が成長するなら、政治的抑圧も人権軽視も甘んじて受け入れる」という態度を示す人民が大多数なのです。

「DiDi事件」やアリババ社への罰金アント・フィナンシャル社の上海・香港同時上場延期を扱ったレポートでも言及しましたが、中国共産党は、多数の人民がこれらのIT大手企業のサービスや商品を日常的に使用しつつも、その過程で一定程度の不満や不信を持っていることを明確に察知した上で、“制裁”措置を取っているのです。

 ここにも「愛国」の論理が作用しています。言い換えれば、仮に、企業への警告や罰金措置によって、人民が企業擁護に走り、お上のやり方に反発するだろうと判断すれば、当局はそのような締め付けはしないでしょう(当局の判断がいつも客観的、人民の受け止め方がいつも合理的とは必ずしも言えませんが)。

 しかし、「中国共産党・人民」vs.「民間・上場企業」という対立構造を露呈しているわけでは決してありません。

 アリババは10億以上、DiDi(滴滴出行)は約5億のユーザーを中国国内で抱えている。若干、極端な言い方をすれば、この2社のサービスなくして、多くの人民の生活は成り立ちません。

 利便性という観点からも、党・政府も、これらの企業に依存しなければならない、人民を真ん中に挟んで、当局と企業が持ちつ持たれつの関係にある事実は疑いないものです。

 2社は米国で上場しているという事情もあり、多くの海外投資家も、当局による最近のIT関連企業への規制などを懸念するのは、全く妥当な心境だと思います。

 ただ、上記の「持ちつ持たれつ」という関係性が今後、根本的に変化する可能性は限りなくゼロに近く、2社のサービスを利用するユーザーも増えることはあっても、減ることはないでしょう。

 そして何より、建国100周年の翌年に当たる2050年に向けて、中国共産党はイノベーションを加速して、持続可能な成長を追求すると明確に言っているわけです。

 まさに、党や政府には不可能なIT革命、技術革新、商品開発を実現してきた、アリババやDiDiといった企業が、市場の原理と論理で、中国経済をけん引していく以外に道はないのです。

 結論付ければ、中国経済を担うプレーヤーを当局、人民、企業とすれば、3者は相当程度一体、すなわち「三位一体」の関係を形成することが多いのです。3者が全体的に良好な関係を形成し、その関係性が一種の均衡点に達していることが、少なくとも中国においては、経済やマーケットの成長にとっては追い風だといえます。

 この観点からすれば、当局が一部IT企業にビジネスモデルの刷新や企業再生を迫っている現状が、これらの企業が長期的に中国社会で成長し、経済をけん引していくための踏み台となり、結果的に、人民が企業をより信頼できるようになるのであれば、中国経済の持続的成長にとってはプラスに働くと私は考えます 。  

中国と諸外国との関係は市場・消費動向を左右する

 式典の話に戻りましょう。習総書記が重要談話にて、次の言葉を放った直後、会場のボルテージは最高潮に達しました。

「中国共産党と中国人民を切り裂き、対立させようとするたくらみは絶対に成功しない。9,500万以上の中国共産党員は納得しない! 14億以上の中国人民も納得しない!」

「中国人民はいかなる外来勢力が、我々をいじめ、圧迫し、奴隷のように扱うことを許さない、仮にそうするのであれば、14億以上の中国人民の血と肉によってできた鋼のような長城にぶち当たり、頭から血を流すことになるだろう!」

 会場にいた人民は拍手喝采を送り、心の底から中国人であることを誇りに感じているように見受けられました。

 習総書記は、約180年前に勃発したアヘン戦争以降、中国人民は屈辱の歴史に耐えてきた、それらを忘れず、乗り越えることで中華民族の偉大なる復興が実現するのだと訴えました。

 今回の式典に限らず、全ての中国人はこの手の歴史教育、愛国教育を、家庭、学校、社会で受けてきました。その中で、特に欧米や日本との関係には敏感に反応する傾向が非常に強いです。

 昨今、新疆ウイグル人権問題、香港問題などが引き金となり、中国と欧米日との関係も揺らいでいますが、国家間の関係の悪化は、中国人民の行動原理にかなり直接的に反映されると言っていいでしょう。典型的な構図を例として挙げます。

1:新型コロナウイルスの発生源問題が引き金となり、米中関係が悪化する

2:中国共産党は、米国が中国を不当に批判、侮辱し、責任を負わせようとしていると、自国の世論に向かって大々的に、対米ネガティブキャンペーンを展開する

3:愛国心が刺激された人民は、党によるキャンペーンを受けて、米国への不満や不信を抱き、あらわにするようになる

4:人民の米国に関わる行動に変化が生じる。米国の製品を買わなくなる。米国の大学・大学院へ行きたくなくなる。米国のことをよく言う知人と縁を切る、など

 最近、私の周りでも印象的な出来事がありました。

 知り合いの著名ジャーナリストが、必死の勉強と準備を経て、米ハーバード大学の大学院に合格。コロナ禍で進学を1年延長しましたが、その後、トランプ政権末期からバイデン政権にかけて米中関係は持続的、構造的に悪化しました。

 そして、この知人はなんと、米中関係の悪化と米国への不満を理由に、ハーバード大進学を自ら放棄したのです。

 この知人のようなケースは氷山の一角であり、全く例外ではありません。

 2016~2017年、私が遼寧省瀋陽市で生活していた頃、米国が韓国にTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)を配備したことが引き金となり、中韓関係が悪化しました。地理的に近い、ビザも比較的入手しやすいといった理由もあり、それまで多くの中国人が韓国に観光へ出かけていましたが、THAADの配備を受け、周囲にいた中国人が一斉に韓国への観光を取りやめていた光景を思い出しています。

 また、私がある日、瀋陽市内にある韓国系スーパーマーケット「ロッテ」で買い物をし、同社のスーパーの袋をぶら下げながら、遼寧大学横にある、いつも利用している食事処に入ろうとすると、顔なじみのおかみから「ロッテで買い物をしたんなら、うちでは食事をしないでほしい」と追い出されました。

 このように、中国の対外関係においては、国と国との関係が、人民の感受性や行動原理をかなり直接的に左右します。マーケットへの影響も大きいです。

 中国経済、マーケットの動向を正確に把握するためにも、対日本を含め、中国と諸外国との関係を常時把握しておく必要があるのは、このためです。

 私自身、日ごろ交流のある機関投資家から最も受ける質問の一つが日中関係ですが、この問題意識は極めて重要、かつ必要不可欠であることが分かります。