香港選挙制度見直しの中身とインプリケーション

 ここからは、最新の動向として押さえておくべき香港の選挙制度の見直しについて整理し、それが示唆するもの(インプリケーション)について考えていきます。

 今年3月上旬、全人代の直前のレポートにて「香港情勢は何処へ?」、閉幕後、まだ選挙制度の改正案が公表されていないタイミングで書いたレポートにて「香港における選挙制度の見直し」を扱いました。

 後者では、執筆当時、私がつかんでいた情報を基に、香港の行政長官、香港立法会(議会)それぞれの選挙における変更点、民主派の香港政治における影響力を削ぐための仕組み、選挙の入り口である立候補資格に「愛国」という政治的基準を設けるといった複数のポイントを挙げました。見直し案がすでに公表、承認され、正式な制度となった現時点で振り返ってみると、ほぼ、これらの見立て通りに事は進んでいるといえます。

 見直し案をめぐるキーワードは「愛国者治港」、すなわち「愛国者による香港統治」。統治機構から、民主派が実質排除される新たな仕組みになっています。特に、民主派が政府、その首長である行政長官による政策を監視、批判する主戦場となってきた立法会の選挙制度、立候補資格などにおいて、民主派の勢いや影響力を削ごうという政治的意思が如実に露呈されています。

 また、香港の政治制度において、1人1票による普通選挙に最も近いとされる区議会(地方議会)選挙によって選ばれた議員やその国政への影響力を、制度的にゼロにしています。

 詳細に見ていきましょう。

 まず、香港行政長官(任期5年)の選挙をめぐる見直し案です。

 これまでは、産業界、立法会や区議会議員など1,200人からなる「選挙委員会」による間接投票によって、行政長官が選ばれてきました。前提として、行政長官の立候補には、選挙委員150人以上の推薦が必要です。

 前回、2017年の行政長官選挙では、林鄭月娥(キャリー・ラム)が777票を獲得し、ほか2人の立候補者を破って当選しました。投票権を持つ選挙委員会1,200人の内訳が重要ですが、業界団体枠が926人、中国全人代・政治協商会議枠が87人、立法会議員枠が70人、区議会議員枠が117人という構成でした。

 特筆すべきは、香港の民意を最も反映しやすい区議会議員の役割です。

 2019年11月に行われた区議会選で民主派が圧勝し、区議会議員の「117」という枠を民主派が獲得しました。これによって、従来は親中派勝利の出来レースのはずの2022年3月開催予定の行政長官選で、前回選の325人よりも民主派が握る「票数」が大幅に増える可能性から、民主派にかつてないほどの「健闘」が期待されていた経緯があります。

 そんな流れに楔(くさび)を打ち込み、今後、民意をくんだ区議会議員が二度と行政長官選で、いかなる影響力を発揮することを不可能にしたのが、今回の見直し案です。

 この新たな案では、「選挙委員会」の人数自体を1,200人から1,500人に増やしますが、問題はその内訳です。(1)業界団体枠が926→1,110、(2)中国全人代・政治協商会議に全国性団体を加えた枠が87→300、(3)立法会議員枠が70→90、そして(4)区議会議員枠が117→0に変更されます。

 新たに開設された「全国性団体」は中国全土における各種団体に所属する香港市民であり、(2)は完全に親中派の枠になります。全国性団体の立候補には選挙委員188人以上の推薦が必要になるとありますが、これは形式的なものにすぎないでしょう。

(3)において、立法会議員枠が20増えていますが、ここにも「愛国者治港」というトリックが仕掛けられています。今回の選挙制度見直しにとって、もう一つの対象である立法会選がどのように変更されるのかを見ていきましょう。

 これまで立法会議員の定数は70で、うち業界別の職能枠35(うち区議会枠6)、香港各地に設定されている選挙区の直接選挙枠が35という内訳でした。これが見直し案では、定数が90に増えます。増減の内訳は業界別の職能枠が30に減り、民主派が優勢の区議会枠は撤廃、地区別の直接選挙枠を20に減らした上で、行政長官を選ぶための選挙委員会枠が新たに40設けられるのです。

 私の解釈では、行政長官、立法会両選挙をめぐってそれぞれ独自の変更点があるものの、実質的に、親中派の議席数が増える前提で、双方の選挙に影響力を誇示するという仕組みになっているのです。

 これら新たな制度において、行政長官選挙はこれまで以上に親中派が多数を占める出来レースになり、限定的とはいえ、香港市民の意思や民主派の影響力が制度的に可視化されることが許されていた立法会選挙でも、民主派が過半数を得るチャンスは永遠に消滅したといえるでしょう。

 前回選挙において、民主派議席は4割を超え、2020年9月に開催される予定だった(新型コロナウイルスを理由に延期)選挙では、親中派と五分五分の戦いをする見込みさえ議論されていました。しかし、新たな制度において、立法会選挙において民主派が獲得できる議席は、健闘したとしても2割が上限となるでしょう。

 最後に、行政長官選、立法会選を含め、立候補者には、香港政府国家安全委員会による審査と意見に基づき、香港政府の中に設けられた資格審査委員会で厳格な資格審査が施されることになります。例えば、物議を醸してきた《香港国家安全法》に反対する者、中華人民共和国や中国共産党への忠誠を宣誓しない者、あるいは政治家としての立場や価値観が反中、反共的である者などは、立候補が認められなくなります。

 繰り返しますが、「愛国者治港」こそが、上記見直し案を計画、実践、評価する上での唯一無二の方針になり、一人の候補者が「愛国的(=愛党的)」であるかどうかという基準を決定、解釈するのは習近平時代における中国共産党に他なりません。香港がこれから、少なくとも政治レベルでは“北京化”を免れないと私が判断する根拠が、ここに横たわっています。