国際自由都市、金融センターは沈没するのか?

 新たな選挙制度の枠組みが正式に決まったのを受けて、中国共産党や香港政府は、この枠組みが香港の未来における安定と繁栄にとっていかに前向きであるかを宣伝するのに奔走(ほんそう)しています。その例として、香港政府内における閣僚級幹部の発言をいくつか紹介しましょう。

「新たな選挙制度を断固として支持、充実させることは、香港社会に安定と繁栄を取り戻させ、より機能的、効率的になり、経済成長の成果もより広範かつ均衡的に共有していけるはずだ」(財政司長・陳茂波[ポール・チャン]、4月4日)

「選挙制度を充実させることの意義は重く、深い。香港の政治体制を新たなスタートラインに立たせるものである。それは香港民主主義の進歩に他ならない」(政務司長・張建宗[マシュー・チャン]、4月4日)

 そして、香港政府の首長であり、今回の制度見直しによって、行政府の権限が増し、立法府の行政府への服従構造がより鮮明となる中、香港の地で、中国共産党の代理人、習近平の分身として、これまで以上の権力を保持、誇示することになる林鄭月娥は、4月3日、新華社通信のインタビューを受けた際に、次のように語っています。

「今回の香港選挙制度の見直しは重要な一歩を踏み出した。これから、この見直し案に基づいて、香港現地における多くの選挙関連法律を改正していくことになる」

 林鄭はこれからの12カ月において、香港現地の法律改正に加え、選挙委員会、立法会、行政長官をめぐる3つの選挙を手配しなければならず、仕事のスケジュール感が非常に密であると強調しました。本稿で論じてきたように、林鄭が言うところの選挙に関する法律改正のプロセス、および3つの選挙の結果は、香港政治の“北京化”を一歩ずつ、着実に浸透させるでしょう。

 政治の北京化を前提に、向こう12カ月の香港情勢を占う上で、私が注目する2つのポイントを問題提起し、本稿を結ぶことにしたいと思います。

 一つは、新型コロナウイルスの抑制とワクチン接種率の普及が進む中で、市民による抗議デモが「復活」するのかどうかです。香港では、入国制限を含めた措置が取られる中、新型コロナを基本的には抑え込んでいる状況です。少し前に、香港島のスポーツジムでクラスターが発生するなど、局地的な不安はまん延しましたが、香港の経済社会や市民生活全体を覆すほどの深刻さではなさそうです。

 ワクチン接種も着実に進行している印象を受けます。香港政府の発表によれば、4月5日までに、57万7,000回のワクチンが投与され、うち、48万7,000人が1回目を、9万人が2回目のワクチンを接種したとのこと。林鄭は、前出のインタビューにて、「新型コロナを抑える上で、現在最も重要かつ有効なのがワクチン接種である。その意味で、香港は本当に幸福で、幸運だ。なぜなら我々にはワクチンがたくさんあるからだ。中央政府によるサポートがあるから、供給も安定している」と、新型コロナ対策でも中国共産党が自らの後ろ盾になっている現状を強調。また、「香港社会でワクチン接種率70%が実現すれば、集団免疫の能力を持つことになり、他国、他地域も香港との人的往来を再開したいという具合になるだろう」と主張しました。

 新型コロナ感染が抑制されれば、当然、公の場における人々の活動制限も緩和されていきます。その過程には、市民が統治機構への不満を表現する可能性の特に高い、今年12月から来年3月にかけて実施される2大選挙があります。新型コロナを口実に市民の集会やデモに制限をかけられなくなった香港政府が、政治的自由や真の民主主義を要求する市民の言動にどう対応していくのでしょうか。仮に、集会を許可すらしない、市民による自発的なデモ集会を力で抑え込むといった強硬措置に出る場合は、グローバルスタンダードな資本主義社会、アジアを代表する国際自由都市としての香港の地位や信用は下降の一途をたどるでしょう。

 そして、私が注目するもう一つのポイントが、香港政治の北京化が国際金融センター、アジアのビジネスハブとしての地位や信用に与える影響です。私自身は、今後、日本の実業家や投資家を含め、香港という政治的、経済的に独特で、変わりゆく空間をどう見て、とらえるか、その価値観と立場が重要になってくるとみています。言論の自由が踏みにじられるような場所でビジネスはできないという人もいるでしょうし、政治と経済は分けて考えるべき、ビジネスがしっかりできれば関係ないという人もいるでしょう。

 一つ言えるのは、中国共産党と香港政府は、政治の北京化というニューノーマル時代においても、香港の経済的地位は変わらない、むしろ、香港政府の高官たちが主張するように、《香港国家安全法》や選挙制度の見直しを経て、香港の国際金融センターとしての価値が上がる、海外の実業家や投資家はより安心して、安定的な環境でビジネスができるようになると宣伝して回るでしょう。

 例えば、両政府は、グローバルにビジネスを展開する中国の民間企業の香港上場を促すような動きが見て取れます。昨年、米ナスダック市場に上場していたインターネット通販大手の京東集団(JDドットコム)が香港市場に重複上場しました。今年に入って、同じくナスダックに上場していたインターネット検索最大手の百度(バイドゥ)も香港市場に重複上場しました。今後、この流れ、動きは多くの業種で加速していくでしょう。海外の投資家たちが、中国マーケットの旨味を、香港という金融センターを通じて享受できる状況を作ろうとしているのです。

 もう一つ例を挙げます。今年2月、中国人民銀行(人民銀)が、香港で250億元の人民元建て証券を発行しました(100億元分が3カ月物、150億元分が1年物)。人民銀は、今回の発行が海外投資家たちから広範に歓迎されていて、欧米やアジアにおける多くの銀行、中央銀行、ファンドなどが参入しており、入札総量は760億元と、発行量の3倍となり、「人民元資産が海外投資家に対して比較的強い吸引力を持っている」と主張しています。人民銀による香港での人民元証券発行が常態化し、香港が人民元の国際化プロセスで独自の、前向きな役割を果たしている現状を強調しました。

 私自身は、中国経済と世界経済のマーケットを通じた連動という意味で、香港という国際自由都市、金融センターに取って代わる都市へ、少なくとも現時点では全く見いだせません。香港の余人をもって代えがたい地位と機能は、継続されるでしょう。その過程で、中国政府や香港政府が、政治的懸念から香港の先行きに懸念を示す海外の政府やマーケット関係者の声にどれだけ耳を傾け、経済社会やマーケットが政治の論理によって翻ろうされるのを回避すべく、どれだけ謙虚に、自制的になれるかが、香港の命運という意味で鍵を握るものと考えています。