毎週金曜日夕方掲載

本レポートに掲載した銘柄:インテル(INTC、NASDAQ)アドバンスド・マイクロ・デバイシズ(AMD、NASDAQ)エヌビディア(NVDA、NASDAQ)

1.勢いを増す半導体ブーム

 半導体ブームが加速しています。前回の半導体ブームは2018年10月に一旦ピークを付け下降トレンドに入りましたが、2019年4月には早くも底打ちし、回復過程に入りました(グラフ1)。ここから今回の新しい半導体サイクルが始まりました。ロジック半導体の需要がスマートフォン中心に強く、谷間の底が浅いことが今回の半導体サイクルの特徴です。新型コロナ禍によって各国で不況が到来しても、テレワーク、在宅学習や5Gスマホの普及によって、5Gスマホ、高性能パソコン、データセンターサーバー用の高性能半導体の需要が順調に増えています。

 また、2020年後半から中国中心に景気回復の動きが出てくると、自動車生産回復に伴って自動車向け半導体の需要が急回復するなど、汎用半導体の需要も回復中です。先端、汎用の両方で半導体需要が回復しており、自動車向けなどで半導体の品不足も目立ち始めました。

 グラフ2は世界最大の半導体受託生産業者(ファウンドリ)、TSMCの月次売上高の推移を見たものです。2021年1月は前年比22.2%増と好調でした。2020年9月15日以降西側から中国ファーウェイ向けに半導体輸出ができなくなりましたが、その前の駆け込み需要があった2020年9月がTSMCの過去最高の売上高でした。TSMCは今、その水準に近付いています。

 またグラフ3は、TSMCのテクノロジー別(微細化レベル別)売上高の推移を見たものです。2020年10-12月期のTSMCの売上高の49%が7ナノ、5ナノの最先端ラインであり、51%が16ナノ、28ナノの準先端ラインとそれ以外の汎用ラインです。各分野で半導体需給のひっ迫が起きていますが、このためTSMCでは先端から汎用まで全ての生産ラインで顧客によるラインの取り合いが起きているもようです。

 このような半導体需給のひっ迫に対応して、TSMCでは2021年の設備投資を250~280億ドル(前年比45.0~62.4%増)としました。ロジック半導体だけの設備投資としては前代未聞の巨額投資になります。この投資は2021年4-6月期以降、生産能力増強に結び付くと思われます。

グラフ1 世界半導体出荷金額(3カ月移動平均)

単位:1,000ドル
注:2015年3月から「アジア太平洋・その他」から「中国」を分離
出所:SIA(米国半導体工業会)より楽天証券作成

グラフ2 TSMCの月次売上高

単位:100万台湾ドル
出所:会社資料より楽天証券作成

グラフ3 TSMCのテクノロジー別売上高

単位:億台湾ドル
出所:会社資料より楽天証券計算

表1 大手半導体メーカーの設備投資

出所:各社会社資料、報道より楽天証券作成
注:1ウォン=0.09円、1ウォン=0.0009ドル。

2.アップルの「M1」がパソコンと半導体市場に与えるインパクト

 このような中で、大手半導体デバイスメーカーを取り巻く環境に変化が起きています。その一つがアップルです。

 もともとアップルは、最先端半導体の大口需要家です。TSMCが生産する最先端のスマートフォン用チップセット(CPU、GPUなどの主要半導体を一つの基板の上にまとめたもの)は最初に新型iPhoneに搭載されることになっています。昨年2020年10~11月に発売された「iPhone12」シリーズには最先端の5ナノチップセットが搭載されました。これがiPhoneの性能向上に大きく寄与しています。そして、5G対応のiPhone12シリーズは好調な出足となり、2020年10-12月期のiPhone出荷台数は過去最高となりました。このことは5Gスマホ間の競争を引き起こしており、半導体需要の増加の要因の一つになっています。

 2020年にはもう一つの大きなインパクトがありました。アップルが昨年11月発売のMacPcに最先端の5ナノSoC(一つのシリコン基板にCPU、GPUと周辺半導体をまとめて構築したもの)「M1」を搭載して発売したのです。それも、最低価格10万4,800円の「MacBook Air」に搭載しました。これが大変な反響を呼びました。もともとアップルのMacはテレワークと在宅学習の普及によって出荷台数が増加していましたが、2020年10-12月期にはさらに加速し、調査会社のIDCによれば2020年10-12月期のアップルのパソコン出荷台数は734.9万台(前年比49.2%増)と過去最高を記録しました。

 アップルは今後2年間かけて上位機種に「M1」を搭載していく計画です。アップルは2020年暦年のパソコン出荷台数2,310万台(前年比29.1%増)、市場シェア7.6%で4位の準大手クラスのパソコンメーカーであり、もともとはクリエーター、デザイナー、研究者などの専門職の人達がMacの主なユーザーです。また、WindowsOSとMacOSとの間には「OSの壁」があります。しかし、アップルによれば2020年10-12月期のMac購入者の半分が新規ユーザーでした。「M1」の魅力がOSの壁を乗り越えたとも言えますし、Windows=Mac間でのデータ互換が可能になっているため、OSの壁がすでに低くなっていたとも言えます。

 このように見ると、「M1」を上位機種に装着するにつれて、アップルのパソコン市場における存在感が増大する可能性があります。

「M1」の台頭は、インテル、AMD、エヌビディアの3社にとって脅威です。Macは「M1」搭載機種以外はインテルのCPUのみ、あるいはインテルのCPUとAMDのGPUを搭載しているため、「M1」搭載機種が増えることによってインテルとAMDは重要な顧客を失うだけでなく、大きな競争相手が生まれることになります。エヌビディアにとっては、「M1」がエヌビディアが買収する予定のアームのアーキテクチャーを使っているため、アームの買収が完了すればアップルは顧客にはなりますが、GPUでは競合することになります。

グラフ4 Mac出荷台数

単位:万台
出所:アップル資料、IDCプレスリリースより楽天証券作成

グラフ5 パソコンの世界出荷台数

単位:100万台、暦年ベース
出所:IDCプレスリリースより楽天証券作成

3.インテルがTSMCに3ナノCPUを生産委託する?

 この「M1」は、パソコン用CPUの世界に大きなインパクトを与えつつあると思われます。

 過去数年間、パソコン用CPUの世界は、インテルが2019年に10ナノラインを構築したものの技術力の不足から生産能力の拡大に手間取り、7ナノへの進出は2年遅れの2022~23年になると2020年7月に発表するなど、インテルの不首尾が目立つ展開でした。

 これに対して、TSMCに先端半導体である7ナノCPU、GPUの生産を委託し量産体制を確立したAMDが家庭用、業務用の両パソコン市場でインテルのシェアを侵食していきました。もともと1桁台だったAMD製CPU(サーバー用を含む)の市場シェアは2019年10-12月期に15.1%(インテルは84.9%)、2020年7-9月期22.4%とシェアを伸ばしてきました。ただし、インテルも10ナノ増強には注力しているため、2020年10-12月期のAMDのシェアは21.7%とやや低下しています。インテルも全く手をこまねいているわけではないのです。

 昨年7月にインテルが7ナノ半導体の生産開始時期を延期すると発表してから、そして同じ時期にインテルが生産の外部委託を検討すると発表してから、インテルが先端半導体をTSMCに生産委託するのではないかという報道がなされるようになりました。今年1月には調査会社のTrendForceが、インテルがTSMCに対して2022年下期から3ナノCPUの生産委託を開始するとレポートしました。

 その要旨は、インテルはCPU以外のチップの製造の15~20%程度をTSMC、UMCなどに委託しています。インテルはTSMCへの委託をさらに拡大し、2021年下半期にはエントリーレベルの「Core i3」シリーズの製造をTSMCの5nmプロセスでスタートし、2022年下半期にはミドルレンジとハイエンドCPUの製造を3nmプロセスでスタートするだろうというものです。

 インテルが先端半導体の生産をTSMCに委託するという観測について、インテル側はIDM(Integrated Device Manufacturer。半導体の開発、設計、生産、マーケティング、販売を通貫して行う半導体メーカー)というビジネスモデルを続けるとしていますが、TSMCへの委託をいずれ始めるという観測は消えません。なぜなら、10ナノまで、あるいは今開発中の7ナノまでを自社生産して、5ナノからはTSMCに委託するのがインテルにとって最適解だからです。2022年にTSMCに生産委託して3ナノCPUの量産を行えば、今後急速にシェアを伸ばすであろうMacとこれまでシェアを奪われてきたAMDに十分対抗することができると思われます。インテルは今もAMDの6倍の年間売上高を持つ半導体のジャイアントであることに変わりはありません。問題は勢いを取り戻せるかどうかなのです。

表2 インテル、AMD、エヌビディアの四半期売上高

単位:百万ドル
出所:会社資料より楽天証券作成

4.CPU、GPU市場が拡大する中で、大手デバイスメーカー3社に投資妙味を感じる

 インテルが実際にTSMCに先端半導体を生産委託する、あるいはその可能性がある場合は、AMDは7ナノから5ナノへの移行を早めるしかありません。AMDの計画では2022年に5ナノCPUを投入することになっていますが、これを早めるか少なくとも予定通りに生産、販売するしかありません。また、パソコン用CPU、GPUだけでなく、サーバー用CPU、ゲーム機用CPU、GPUへこれまでよりも注力する必要があると思われます。

 ただし、AMDにとってリスクになるのは今回のような半導体不足です。AMDのような様々な半導体ファブレスメーカーが一斉にTSMCに生産を委託し発注した結果、今回のような半導体不足が起こりました。これに対してインテルは、滞ってはいますが、自前の生産設備の増強で半導体不足に対応することができます。工場を持たないファブレス+ファウンドリのビジネスモデルが、必ずしも万全なものではないことがはっきりしてきました。

 エヌビディアにとっても、インテルが勢いを取り戻すことは脅威となります。インテルのGPUは従来はCPUに内蔵されたものであり高い性能のものではありませんでしたが、単体のGPUの開発も進めています。また、現在進行中のアーム買収によって、エヌビディアはパソコン用、サーバー用CPUへの足掛かりを得ることができますが、復活したインテルはそこで重要な競争相手になります。

 インテル、AMD、エヌビディアにとって重要なのは、新型コロナ禍の中でパソコン市場が回復していることです。新型コロナ禍がワクチンによってある程度克服される過程に入ったとしても、仕事の効率化のために高性能パソコンの需要は堅調に推移すると予想されます。パソコンの中身の高度化も進むと予想されます。従って、インテル、AMD、エヌビディアとアップルの戦いは、パソコン市場を拡大し、この4社をさらに成長させる方向に向かうと思われます。