預かり金・MRF・預金の問題

 また、今回の相談者のケースを見て現実的に心配になったのは、証券会社に置かれている預かり金ないしはMRF、あるいは銀行にある預金の存在だった。

 これらは、計画的かつ適切に保有されているものなら必ずしも悪くないのだが、漫然とそれぞれの場所にあると、セールスマンが狙う格好の資金源になってしまう。たとえば、これらのうち、当面使う予定のない金額を個人向け国債にでも振り向けて固定し、セールスの対象にならないようにしておくことが、現実的には適切だろう。

 実際の状況にあっては、こうした流動的な投資予備資金を持っていることで、相談者は、金融機関の営業担当者から頻繁なアプローチを受けていて、そのことを心地よく思っていると推測できる(違っていたら、ゴメンナサイ!)。こうした、いかにもセールスのしがいがある状態で資産を持たないほうがいい。

 なお、いささか我田引水になるが、当社のようなネット証券に資産を置くと、人間のセールスマンがアプローチして来ない点が何といっても好ましい(手数料が安いメリット以上に大きなメリットだと筆者は思う)。

「市場のリスク」と「人間のリスク」

 今回の相談のようなケースを見てつくづく思うのは、個人の資産運用には、株価の変動のような「市場のリスク」と、他人に不適切な運用をすすめられるような「人間のリスク」の2つのリスクがあることだ(再び、機関投資家でも同様だろうが)。特に、後者のリスクは、本人が気づきにくいし、相手は「手数料を稼ぐ(≒ほぼ常に投資家のマイナスになる)」方向に注力するので大いに危ない。

 高齢者をはじめとして、多くの投資家が、市場や商品に対する自分の判断からではなく、金融マンなど他人に対する好悪の感情を元に資産運用の判断を行う。たとえば、「私は難しい商品のことは分からないけれども、○○証券の、××さんはいい人なので、彼のすすめる商品は悪いものではないと思う」といった、まったく不用意な判断の下に運用商品を売り買いする。

 金融の世界で、「自分は、人間を判断できる」と思うのはまったく馬鹿馬鹿しいくらいの自信過剰で常識のない行為なのだが、この行為を改めさせることは容易ではないのが現実だ。

 自分で判断できるようになることが真のベスト(難しくはない!)、商品を売る可能性のない専門家に相談することがセカンド・ベストなのだが、悪い判断と投資対象を取り込まないようにするためには、自分の運用自体をできるだけシンプルに、内容把握がしやすいものに変えておくことが有効だろう。

シンプルな運用の効用

 先の相談者に関しては、NISAのように中途売却すると税制メリットを失うものに関しては無駄な運用コスト(おおむね、運用管理手数料マイナス年率0.3%を「無駄」と判断した)の比較で処置を決め、現状で問題のない運用商品(TOPIX連動型のETFや世界の株式に投資する海外ETFなど)を残した上で、運用全体を、「個人向け国債変動金利10年満期」(特に証券会社のMRF・預かり金の殆どを振り向けた)、「TOPIX連動型のETF」、「外国株式のインデックス・ファンド」に振り向けて、大まかには、これらと銀行預金の4つの資産に運用全体を単純化することをアドバイスした。

 せいぜい4つの運用対象だけで運用を構成することにすると、全体のリスクの状況が把握しやすくなるし、金融マンや金融業者と結託したアドバイザーから、余計ないし不適切な(たいていは手数料が無駄に高い)商品をすすめられて買う「人間のリスク」を大幅に軽減できる。

 思うに、多くの運用商品に投資させて、顧客の運用資産の状況を複雑化させることは、金融機関の営業マンにとって、手数料の高い商品を顧客に買わせるための有力な武器になっている。

 運用はシンプルであって何ら非効率的にならないし、その方が間違いにくくかつ騙されにくくなるのだから、個人にとっては大いに望ましい。いろいろな運用商品を持つと面白いと感じる場合もあるし、金融マンに構ってもらうことや、新しい商品を買う事に楽しみを感じる人がいることもわからないではないのだが、そこをぐっと堪えて、無駄な複雑化を避けてシンプルな運用に徹することをおすすめしたい。

【コメント】

「運用のシンプル化」は有用な心がけだ。以下の二点に留意されたい。

 第一に、運用商品の数と運用商品の内容の分散度合いを区別することだ。中身がよく分散された運用商品を少数に絞って保有するのがいい。例えば「全世界株式(除く日本)」と「TOPIX連動ファンド」のような組み合わせは、商品数が2つしかないが、中身は分散されていて、把握と管理がしやすい。中途半端に運用が分かってくると、運用商品の数が増えがちだが、肝心なのは、商品数ではなく中身の分散投資だ。

 第二に、肝心なのは、自分が保有するリスクの大きさを適切にコントロールすることであることを理解して欲しい。そのためには、投資対象の数は少ない方がいい。

 もちろん、本文で説明したように、保有する運用商品の数が増えて、自分で管理がしにくくなって、金融機関の言いなりになるような状態を避けるべきだ。人間として恥ずかしいし、投資家として悲劇的だ。
(2021年2月15日 山崎元)