ファンドマネジャーはどんな会社にいるか

たとえば、大学に通う若者が、ファンドマネジャーになりたいと思った場合、どうすればいいか。「ファンドマネジャー就職ガイド」を書くつもりで、考えてみよう。

お金を預かって運用する、という仕事の性質上、いきなり独立する選択肢はあまり現実的ではない。当たり前だがファンドマネジャーとして働くためには、ファンドマネジャーのいる会社に就職しなければならない。仕事の仕方を覚えるためにも、一度は運用業務のある会社に入ってみるべきだろう。

ファンドマネジャーの職が存在する職場は、運用会社として独立している投信・投資顧問会社、信託銀行、生命保険を中心に保険会社などだ。

銀行や証券会社には、他人のお金を預かるのではなく、会社の自己資金を使って稼ぐことを目指す「トレーダー」あるいは「ディーラー」と呼ばれるファンドマネジャーと似た職種がある。但し、両者の仕事の内容は異なり、ファンドマネジャーが「長期投資」、トレーダーとディーラーは「短期トレーディング」という言葉で要約できるような仕事に就く。共にマーケットに関わる仕事だし、たとえば、ファンドマネジャーが短期トレーディングを全くやらないという訳ではないのだが、両者は別々の仕事だと理解しておくべきだ。

筆者は、証券会社のトレーダーの経験がある投資信託のファンドマネジャーを複数知っているが、前者の経験は「マーケットに対する慣れ」程度に生きても、「運用に必要な知識や見識」には十分結びついていない場合が殆どだった。

運用専業の投信投資顧問会社

投資信託の運用会社、あるいは投資顧問会社といった運用専業の会社に就職すると、他の会社に就職するよりもファンドマネジャーの職に就くことが出来る確率がかなり大きい点が、ファンドマネジャー志望者にとっては大きなメリットだろう。かつては別々だった、投資信託運用会社と投資顧問会社は、一九九五年から兼営できるようになったので、ある程度以上の規模の運用会社の場合、投資信託の運用と、主に企業年金などの運用を対象とする投資顧問業務の両方を一社の中に持っている場合が多い。社名にも「投信投資顧問会社」と付く場合がかなりある。

もっとも、こうした運用専業の会社に入社したとしても、ファンドマネジャーの職に就くことが出来るかどうかは分からない。運用会社には、ファンドマネジャーがいる「運用部」あるいは運用に結びついた調査を行う「調査部」の他に、数多くの部署があり、社員がいる。

部署名をあげて仕事を想像してもらうと、運用に関する計算と事務処理を行う「計理部」(計算の「計」を使う)、システム周りの仕事をする「システム部」、顧客に運用商品を売り込む「営業部」、運用商品を企画する「商品企画部」、顧客に運用結果を説明する「顧客サービス部」、「広報部」、「人事部」、「法務部」、「経営企画部」など、運用以外の仕事をする人が、ファンドマネジャーの数倍存在していることを理解しておこう。運用会社に入社したが、一度もファンドマネジャーの仕事に就くことなく、職業人生を終える人が多数いる。本人の希望は考慮されることがあるが、人事なので、本人が思った通りにならない場合が多々ある。しかし、運用専業の会社に入社した場合、他の業態の会社よりも、ファンドマネジャーになる確率が高いことは強調しておこう。

他方、運用専業の会社に入社することのデメリットも指摘しておこう。デメリットは、端的にいって、社長になりにくいことだ。日本では、投信会社、投資顧問会社の多くが、証券会社、銀行、生命保険会社などの大手金融機関の子会社であり、社長は親会社から派遣される場合が多い。社長が単独で送り込まれることは稀であり、幹部ポストの多くが、親会社からの出向者・転籍者で占められることが多い。童話の桃太郎が、犬・猿・雉を連れて鬼ヶ島にやって来るようなイメージだ。

最初から運用会社に入社したプロパー社員の出世の可能性が限られていたり、親会社に経営が支配されていたりする場合が多いことは、就職ガイドとしては、指摘しておくべき内容だろう。専門職としてのファンドマネジャーになることができればそれでいい、という人以外は、少し考えておくべきだ。

運用会社に入社した社員が、ファンドマネジャーの仕事に就くことが出来るか否かのポイントを敢えて一言で言うなら、「賢そうな感じ(印象)」ということになるだろうか。

ファンドマネジャー志望の読者は、何とも頼りなく思うかも知れないが、会社の人事というのは、人事権者が持つ印象や好き嫌いによって、かなり「いい加減に」決まるものだ。とはいえ、運用会社にあって、ファンドマネジャーの仕事が花形であり、会社の評判に大きく影響することがあることは広く共有されている了解事項なので、知的な能力が高そうな人物がファンドマネジャーに任命されることが多い。

学力・学歴とファンドマネジャー

知的能力とファンドマネジャーとしての能力には強力な相関関係があるとは思えない。まして、学業成績に表れた学力と運用能力に強い関係があるとも思えない。

しかし、運用会社は、顧客に対して「賢そうなイメージ」をアピールするのと同時に、社内にあっても、何となく賢そうなイメージの社員をファンドマネジャーの職に就ける傾向があるように見える。

ファンドマネジャーの学歴は様々だ。外資系の運用会社の場合、「有名大学卒業+米国の大学のMBA」くらいがファンドマネジャーの平均的な学歴となっている会社があり、こうした会社に就職しようとする場合、同様の学歴が有利な場合はある。会社に入ってしまえば、そして、ファンドマネジャーになってしまえば、学歴はあまり関係ない。

特に、転職市場では、「ファンドマネジャー経験者」であることが重要であり、最終学歴はあまり問題にされない。従って、コンサルタントが米国一流大のMBA取得を目指すような意味で、学歴が必要とされる職業ではない。

また、幸いなことに、ファンドマネジャーの職に就くにあたって、医師や会計士のような公的な資格は必要ない。

筆者は、独立系のファンドマネジャー夫婦が殺された事件が話題になった際に、「ミヤネ屋」という情報バラエティー番組に出演してファンドマネジャーについて説明したことがある。この際、司会の宮根誠司氏の「ファンドマネジャーになるには何か資格がいるのか」との質問に対して、「いいえ、資格は要りません。アナウンサーと同じですよ」と答えたところ、宮根氏は「私は、テレビ局の入社試験には受かりましたよ」と言って苦笑された。

筆者は、今後も、ファンドマネジャーに公的な資格は要らないと考えている。資格制度の設立は、余計な規制及びコストとして運用ビジネスの発展を阻害する弊害があるし、行政としても余計な利権となるだろう。

資格は必要ないし、学歴はあまり影響しないが、運用会社に入ってファンドマネジャーになりたい学生には一ついい方法がある。それは、証券アナリスト試験に早く通ることだ。証券アナリスト(CMA)は日本証券アナリスト協会が運営している民間資格であり、通信教育(一年)と一次試験(「証券分析とポートフォリオマネジメント」、「財務諸表分析」、「経済」の三科目。年間二回、春秋に実施)、さらに二次試験が実施され、二次試験の合格後、三年の実務経験で証券アナリストとしての登録が可能になる制度だ。

運用会社に入社すると、証券アナリストの通信教育の受講と、証券アナリスト資格の取得が必要となる場合が多い。この場合、新入社員が一次試験の三科目を一度でクリアすると「優秀だ」と言われることが多く、運用部或いは調査部に配属される確率が高まる。

学生時代に一次試験の全科目クリアくらいまで進めておくと、運用業務に対するモチベーションが高いことをアピールできて就職の際に有利だし、入社後の配属決定でもおそらく有利に働くだろう。大学の二年生で通信教育を受講して、三年の春に三科目をまとめて合格しておくと、就職活動の段階から有効だ。データを見ると、受験者の概ね半分弱が合格する試験であり、相対的に高難度の資格試験ではない。また、通信教育の受講料(一般向1万5千円。学生割引で1万2千円)もそう高くない(詳しくは証券アナリスト協会のホームページをご参照下さい。)。

尚、受講者の多いファイナンシャル・プランナーの資格は、内容がファンドマネジメントよりも個人向けの金融商品販売に深く関連しており、難度の点でも、就職活動の役に立つようには思えない。

信託銀行

信託銀行は、ファンドマネジャーを目指す人にとって一考に値する就職先だ。信託銀行は、一般の銀行業務や不動産関連の業務に加えて、かなり大人数の有価証券運用部門を持っている。有価証券運用関係の部署に配属されれば、ある程度の確率でファンドマネジャーの職に就くことが出来るだろう。

大手の信託銀行は、運用資金が大きく、ファンドの数も多いから、ファンドマネジャーとして実務経験を積むにはいい環境だと思う。人材の層も厚いので、仕事を教えてくれる先輩社員も豊富にいるはずだ。

但し、信託銀行の場合、銀行の支店勤務も含めて、資金運用以外の業務に就く可能性がかなりある。いったんファンドマネジャーになることができても、運用以外の業務に配転されるリスクがある。

なるべく若い時期に運用部門に配属されて、そこに残り続けることが出来るか否かには、小さくない不確実性がある。ファンドマネジャーとして職業人生を全うしたい人は、転職のオプションを常に考えて置く必要があると申し上げておく。

また、信託銀行も銀行の一種なので、ドラマ「半沢直樹」(TBS、日曜日夜9時)で描かれているような行内組織の窮屈さがある。人事は本社の人事部によって管理される中央集権型だし、行員は人事と出世には強いこだわりを持っている。しかし、窮屈さの程度は、メガバンクよりは一段緩いと考えておいていいだろう。

一方、就職先としてメガバンクと比較すると、信託銀行は、自行がメインバンクとなっている貸出先が少ないので、将来の出向先の数とグレードにおいて、大きく見劣りすることが大きな弱点だ。

総合的に見て、信託銀行はファンドマネジャー志望者にとって、まずまず魅力的な就職先だ。但し、人事に伴う不確実性があるので、これを覚悟しておく必要がある。

保険会社

生命保険会社、あるいは損害保険会社は、それなりに大きな資産運用部門を抱えている。特に生命保険会社は、信託銀行と共に、古くから企業年金に関わる業務を行っていることもあって、大きな運用資産を持っている。

また、保険会社の経営者は「保険の営業と資産の運用は、保険会社経営の車の両輪である」といった言い方で、学生に対して、資産運用部門の大きさを強調することがあるのだが、保険会社の経営的な重要性のウェイトは、保険の販売に関わるものが圧倒的に大きく、「車の両輪」どころか、営業が10に対して運用が1というくらいのバランスではないだろうか。

率直にいって、保険の営業の仕事よりも、資産運用の仕事の方が、学生には人気がある。しかし、ファンドマネジャーの仕事に就きたいと思って生命保険会社に入っても、希望通りファンドマネジャーの仕事に就くことが出来る確率は、信託銀行よりもかなり小さいように思われる。

大手の生命保険会社などで運用部門に配属された場合には、ファンドマネジャーとしてそれなりの仕事が出来るだろうが、「確率」を考えると、ファンドマネジャー志望の学生の就職先として、生命保険会社をお勧めしようとは思わない。地方の支社・支部への転勤も多い。

尚、保険会社の人事も銀行のように中央集権的だが、社内競争は銀行ほどぎすぎすした感じではないし、生損保とも経済的な待遇は悪くないし、銀行ほど若い時点で出向を命じられることも少ない。

他方、日本の保険市場(特に生命保険)は相当程度飽和しており、加えて、ネット生保の登場などで、保険料に関する競争が徐々に厳しくなるトレンドにある。現在、好条件な就職先に見える生命保険会社だが、長期的に現在のポジションを維持できるかどうかは予断を許さないと申し上げておく。

転職、あるいは出向でファンドマネジャーに

最後に、補足として、運用会社以外の会社から、ファンドマネジャーの仕事に就く可能性について補足しておく。

できれば20代のうちに転職しておきたいが、銀行、証券、商社など、何らかの意味で金融に近い業態から、専業運用会社、あるいは信託銀行の運用部門の中途採用に応募して、ファンドマネジャーを目指す方法もある。筆者は、かつてこの方法でファンドマネジャーになった。

中途採用の場合、職種が限定されやすいので、転職がかなえば、ファンドマネジャーの仕事に就くことが出来る確率がかなり大きなものになるというメリットがある。

但し、難しいのは、ファンドマネジャーないしその候補者を採用したいと思う側では、第一にファンドマネジャー経験者を採りたがる傾向があるということだ。

また、会社側の人材利用の事情と、別の業種から職種を転換してファンドマネジャーに適応できる年齢とを考え合わせると、年齢的には、30歳前後が、転職する年齢の限界だろう。

他方、先に、専業運用会社は、銀行や証券会社など別の金融機関の子会社である場合が多いと書いた。こうした会社に入って、若い頃から、運用子会社への出向を希望するというファンドマネジャーへの道もあり得る。率直に言って、それぞれの会社の人事の本流から外れるコース選択となる公算が大きいが、一つの選択肢ではある。

ただ、実現する確率や、職場を変える手間とリスクとコストを考えると、転職や出向希望の何れよりも、最初に信託銀行なり、専業運用会社なりに入って、運用業務への配転希望を出し続ける方が優るのではないかと思う。