4.日本と世界のゲームとリアルエンタテインメントの現状
ここからは、家庭用ゲームとエンタテインメントの(特に日本の)現状を見ていきます。
グラフ4は、日本のライブエンタテインメントの年間売上高の推移を見たものです(音楽ライブ、演劇、ミュージカル、握手会などの合計。出所はコンサートプロモーターズ協会)。2006年の925億円から2019年の3,665億円まで13年間で4倍になりました(2019年は前年比6.3%増)。
公演数、動員数も増加しています(グラフ5)。公演数は2006年1万3,837本から2019年3万1,889本へ2.3倍となり、動員数は同じく1,978万人から4,955万人に2.5倍となりました。
ただし、2015年頃から、公演数、動員数の伸びが鈍化しています。これは会場不足によるものが大きいと思われます。ライブエンタテインメントの人気は衰えておらず、チケット代が上昇し続けています(グラフ6)。チケット平均価格(年間売上高÷動員数)は2006年4,675円から2019年7,397円に58%上昇しました。特に、人気のあるアーティスト、舞台、ミュージカルのチケット代が上昇しています。
また、映画興行収入は2019年2,612億円(前年比17.4%増)、映画入場者数は1億9,491万人(同15.2%増)(出所は日本映画製作者連盟)、遊園地・テーマパークの売上高は、2019年7,184億円(前年比1.0%増)、入場者数7,946万人(同0.2%増)(出所は経済産業省特定サービス産業動態統計調査)となっています。テーマパークは収容人数に限界があるため売上高は伸びなくなっていますが、ライブエンタテインメントと映画興行収入は成長が続いています。
日本のリアルエンタテインメント全体を考えると、年間売上高は約1兆3,000億円、おそらく日本で1億人以上の人が音楽ライブ、舞台演劇、映画館、テーマパークのユーザーであろうと思われます。
この成長市場が新型コロナウイルス感染症の影響で、今年2月下旬から段階的に停止し、4月上旬から5月上旬まで、完全に営業停止となりました。
海外でもライブエンタテインメントを含むリアルエンタテインメントの成長が続いています。グラフ7は世界最大手の音楽、演劇プロモーターであるライブネイションエンタテインメント(Live Nation Entertainment)の年間売上高の推移を見たものです。アメリカと欧州その他で活動している会社ですが、高成長していることがわかります。後述の家庭用ゲームの市場になっている国と地域(日米欧とオセアニア、香港、韓国、台湾など)に限ると、8億人以上がリアルエンタテインメントのユーザーと思われます。
グラフ4 日本のライブエンタテインメントの年間売上高
グラフ5 ライブの年間公演数と動員数
グラフ6 日本のライブエンタテインメント:チケット平均価格
グラフ7 ライブネイションエンタテインメントの売上高
5.家庭用ゲーム会社は大きなビジネスチャンスに直面している
1)家庭用ゲーム市場とリアルエンタメ市場を比較する
家庭用ゲーム市場は、日本でも海外でも大きな成長はありません。任天堂とソニーのゲーム・ネットワーク事業の業績は拡大していますが、ゲーム人口≒ハードウェア累計販売台数は、過去から見て大きく減っても増えてもいません。任天堂とソニー・ゲーム事業の業績拡大はハード1台当たりソフト本数やサービスの売上増加と、採算の良い大型ソフト、過去作品の増加によるものと思われます。
日本の家庭用ゲーム市場の規模は、2019年で4,369億円(前年比0.6%増)と横ばいです(ファミ通調べ)。内訳は、ハード1,595億円(同6.2%減)、ソフト2,773億円(同5.0%増)。年間のハード販売台数は2019年実績で約590万台。ユーザー数は推定で約2,000万人の市場です。
日米欧その他の地域では、推定ユーザー数約2億人、年間ハード販売台数は約4,000万台の市場です。
家庭用ゲームの世界市場は、過去10年以上の間、ハードウェアの更新サイクルに沿った循環的な動きに止まり、実質的に大きく成長していないと考えられます。この理由は、スマホゲームにユーザーが移ったということ以外に、リアルエンタメが拡大している中で、家庭用ゲーム市場が中級から上級のユーザーが主流の市場になってしまったことによると思われます。つまるところ、リアルエンタメのほうが面白いので、よほどのゲーム好き以外はリアルエンタメに移ったと思われます。
任天堂はゲーム人口の拡大路線を掲げており、実際にゲーム造りは初心者から上級者までが楽しめるものになっています(このようなゲーム造りが任天堂の大きな特色です)。しかし、後述するようにハードウェアの生産体制が柔軟性を欠き、初心者の新規需要をうまく獲得できていません。
また、ソニーと有力サードパーティ(日本ではスクウェア・エニックス・ホールディングス、カプコンなど)は、初心者よりも中級以上のユーザーに焦点を当てたゲーム造りを行っています。そのほうが、ゲームソフトの販売本数を伸ばしやすく、また、予想しやすいためです。
グラフ8 任天堂のゲームサイクル:据置型ハードウェア
グラフ9 任天堂のゲームサイクル:携帯型ハードウェア
グラフ10 ソニーのゲームサイクル:プレイステーションの販売台数
2)家庭用ゲーム各社にチャンス到来
ところが、日本でも海外でも今年2月からリアルエンタメの各分野が相次いで営業を中止すると、家庭用ゲーム各社に大きなチャンスが訪れました。家に引き籠らなければならなくなった各国のリアルエンタメユーザーが、家庭用ゲームを求め始めたのです。従来からニンテンドースイッチやプレイステーション4のハードを持っている人は、新作、旧作問わずソフトをオンラインで購入するようになりました。そのため、ゲーム大手では2020年1-3月期にゲームソフトのダウンロード販売(特に旧作販売)が急増しています。
また、ハードを持っていない人は一斉にハードを注文するようになりました。前述のように、日本では推定2,000万人の家庭用ゲームユーザーに対して、推定1億人以上のリアルエンタメユーザーがいます。家庭用ゲームの世界市場(日米欧とオセアニア、香港、韓国、台湾など)でも、家庭用ゲームユーザー約2億人に対して8億人以上のリアルエンタメユーザーがいると思われます(ただし日本でも海外でも重複があります)。日本の場合は、軽く見積もっても1,000万人から2,000万人程度が家庭用ゲームのハードを買いたいと考えている可能性があります(ゲームの初心者が多いと思われるため、対象はニンテンドースイッチが多いと思われます)。リアルエンタメは1回ごとにお金がかかるため、リアルエンタメのユーザーはゲームのハード、ソフトの購入資金も十分持っています。
この大きな特需が各国で発生していると思われますが、この特需は期間限定です。リアルエンタメが徐々に再始動し始めています。私は新型コロナウイルスの影響は長期化する可能性がある(解決に3~5年以上かかる可能性がある)と考えていますが、来年中にはリアルエンタメの世界で新たな状況に対応する新しいビジネスモデルが確立される可能性があります。家庭用ゲームの各社がこの特需を獲得する機会は、この先も長く続くわけではないと思われます。
3)任天堂の最大の問題点は、ハードウェアの生産体制
今のところ、任天堂もソニーもこの大きなチャンスを全て獲得しているわけではありません。
任天堂のソフトラインナップには、大ヒットしている「あつまれ どうぶつの森」だけでなく、「マリオカート8デラックス」「Splatoon2」「大乱闘スマッシュブラザーズSPECIAL」など初心者から上級者まで楽しめるソフトが数多くあります。
ただし、ニンテンドースイッチのハードウェアが思うように生産できていません。中国、ベトナムの組立工場は稼働していますが、東南アジアで調達している一部の部品が足りていないもようです。この部品不足はPS4でもありますが、ニンテンドースイッチに対する需要が大きいと思われるため、任天堂にとってより大きな問題になっていると思われます。
任天堂もソニーもゲームハードウェアを柔軟に増産できるようになっていません。11月末からクリスマスイブまでのホリデーシーズンに焦点を合わせて生産数量を調節しているのみで、今回のような突発的なハードの需要増加だけでなく、特定のソフトが大ヒットしたことによるハード需要の増加に対応することも、過去の事例をみるとうまくいっていません。ソフトでの新規ユーザーの開拓は大きな成果を挙げていますが、ハード政策が片手落ちになっていると思われます。
ニンテンドースイッチの部品不足は夏場には解消する見込みですが、任天堂がハードの増産についてどう考えているのかが、今後の注目点になりそうです。
家庭用ゲームにはリスクもあります。感染第2波が欧米を襲って、再び人々が巣ごもらなければならなくなった場合、今の状況を上回る不況になりかねません。特に心配なのは欧州です。その場合、巣ごもりは家庭用ゲーム需要にはプラスですが、不況ははっきりとマイナスになります。