一方、2009年11月に政府が正式表明したように、現在の日本はモノの価値が下がる「デフレ」下にある。大まかに言うと、物価が下がっている以上、個人はモノを急いで買わなくてもいいということが言える。

 例えば、昨年ジーンズをまとめ買いしなくても、今年になってから買えば、もっと安かったというようなことがあるから、物価が下がっていると商品の買い控えにつながる。それは個人の買い物としては正しい行動だが、経済全体にとっては大打撃となる。

 モノが売れなければ、あるいは値下げしなければ売れない状況では、企業の収益が減り、ひいてはそこで働く社員の給料も下落傾向になる。すると今度は生活が心配になるので、お金が消費に回らなくなり、ますます値下げを加速しかねない。そして、経済全体が収縮してしまう。

 デフレ自体は困った現象で、これに対する対策は必要だが、デフレ自体はなかなかしぶといものなので、インフレに対して今からコストを掛けて保険をかけておかなければならないというわけではない。まだ様子を見ていればいい。

 あえて言えば、“悪徳金融業者”が個人から手数料を荒稼ぎしたいがために、将来のインフレリスクをことさら強調することがあるので注意してほしい。彼らの言葉に過剰反応して、まんまと騙(だま)されることだけは、くれぐれも避けたい。

 この点について、もう少し説明しておこう。

 将来に対する不安を喚起しておいて、それに対する解決策があるかのようにモノを売るというのは、特に利幅の大きい怪しいものを売る時には、よく使われるセールスのテクニックだ。健康食品、化粧品、生命保険などが時に該当するが、これらの共通点は、売り手の利幅が非常に大きな商品であること、セールス行為が絡まなければ売れないこと、普通の人にはほとんど不要であることだ。いずれも「霊感のつぼ」と同じパターンである。

 金融商品の販売にも、そのような脅しまがいのセールスが横行しており、将来の大インフレはその材料にしばしば使われている。日本の国家財政が間もなく破綻するかのような事を言って、「あなたが今持っている円資産は紙クズになる」といった恐怖感をあおった上で、「だからこそ海外で資産運用しましょう」などと怪しい投資話や手数料のバカ高いプライベートバンクの利用などを持ちかけるようなパターンだ。

 十分気をつけてほしい。

【補足】

 2010年なので、アベノミクス以前にインフレリスクについて考えた原稿で感慨深い。「書きながら、考えているな…」という感じがする文章だ。「インフレリスク」は「老後不安」と並んで、運用業界にとって顧客を脅して動かす際に使われる有力な商材だ。しかし、老後不安に対しては「計算」で対処できるし、インフレリスクに対してはこの文章にある通り、インフレが起こり始めてから対処すればいいので、共にひどく恐れる必要はない。「適切な大きさのリスクを取って、なるべくお金を増やせばいい」とだけ考えて、金融マンの脅しを伴ったセールスは冷ややかに無視するといい。(2020.1.6 山崎元)