物価の予測は難しい

 率直に言うと、将来の物価を正確に予測することは難しい。物価を意識してお金に関する判断を行うべきだという大原則は文句なく正しいのだが、その正確な実行は簡単でない。

 例えば、近年の日本はおおむねデフレの環境下にあるが、これを1990年代の前半くらいに正確に予測できた人は少ないのではないか。筆者も、この頃ファンドマネージャーや証券マンとして金融・経済に関わる仕事をしていて、普通の人よりは経済指標をよく見ていたわけだが、日本の財政赤字の拡大などを見て将来はインフレになる可能性が大きいのではないかと漠然と考えることが多かった。「多かった」というのは、経済を見ていると、インフレになると思えることもあれば、デフレになると思うこともあるからだ。筆者の知る限り、数年から10年、20年といった単位の将来物価の予測に決定的に有効な方法はない。

 十分有効な方法がないのに、「将来のインフレ率に注意して、実質価値でものを考えろ」とばかり言うのは、ある種、罪つくりなアドバイスかもしれない。現実には物価を心配するあまり、あるいは物価変動に対する抵抗力に過剰な期待を抱いたせいで、不必要あるいは偏った対策をとって、かえって損をしている人がしばしばいるからだ。

 将来インフレが起こった時に自分のお金を追いつかせるために、「お金の扱い方」をどうするかということは大切なことに間違いない。しかし、どうも世の中を観察していると、「インフレ」を逆手にとって脅し文句に使うことが多いので、これには注意したい。

 読者は、株式や投資信託を売りたい金融機関の人間から、こんな話を聞いたことはないだろうか。

「現在はデフレかもしれませんが、やがてインフレになった時に備えて、お金を増やしておかないと大変なことになりますよ」

「将来インフレになった時にインフレに追いつくだけのお金がないと、生活が維持できなくなります」

 確かにおっしゃる通りだが、そもそもインフレというものがどういう状態で起こってくるかと考えると、一つは景気がよくなって消費が増え、みんながモノをたくさん欲しがるためにお金を使おうとして、それによって物価が上がり、企業の儲けも増え、社員の給料も上がっていくというような状況だ。もちろん、その伸びが物価上昇に比べて低い場合も考えられるが、収入も増えることが多いだろうから、その部分を加味して考える必要がある。純粋な金利生活者、年金生活者のような人と勤労者とでは、お金の運用に関して、インフレに対する対策は異なったものになるべきかもしれない。