インフレが起こってから対応してはダメなのか?

 少し見方を変えてみよう。インフレに対するリスクはもちろん考えなくてはいけないが、過剰に恐れる必要はないのではないか。たとえば、マイナス1%のデフレが、いきなり翌年プラス10%のインフレになるということは滅多にない。変化が徐々に起きるなら、対応は変化が起き始めてからでいいかもしれないし、変化が起きる前に過剰な対応をするとかえって損かもしれない。

 将来というのは不確かなものなのだ。もちろん、物価動向が経済的な損得に重要な影響を及ぼすことは間違いないので、物価動向はよく見ておくべきだ。長期的な物価予想は難しいが、短期的には物価の予想が「全くできない」というわけではない。

 現実的には物価の変動に対してどう対応すればいいのだろうか。

 これは、個人の置かれた環境によって変わってくる。例えば、多額(数十億円以上)の資産を持っていて、この換金や収益で食べていこうというような人の場合は、物価変動をある程度ヘッジできる金融資産・実物資産の運用を考える価値があるだろう(ただし、方法は状況による。ワンパターンでOKということはない)。

 一方、さしたる資産を持たない多くのサラリーマンや自営業者(著者も含まれる)の場合は、収入と支出、資産運用をそれぞれに最適化して、物価変動をある程度そのまま受け入れるのがいいだろうし、それ以外にやりようがない。物価に関しては「よく見ておく」ということでいいのではないだろうか。

 あえてもう一歩踏み込むとすると、自分と同じような立場と経済力の人々と比較した場合に、相対的な経済力が低下しないようにしておけば、将来の物価や景気の変動をある程度吸収できるだろうというような考え方はあるだろう。例えば、物価と賃金の双方が上がるにせよ、下がるにせよ、相対的な経済状況が悪化していなければ、実質的な購買力は悪化していない可能性が大きい。一種のベンチマーキングだが、ここまでやらなくてもいいだろうと個人的には思う。

 物価が生活に直接的かつ致命的な影響を及ぼすケースはひどいインフレだろう。例えば、年間に2割も3割も物価が上がるような状況では、金融資産の実質価値は3~4年で半分以下になってしまいかねないし、さらにひどいハイパーインフレーションになると、金融資産の価値がほとんどゼロになってしまう可能性がある。

 先にも述べたように、デフレがいきなり2ケタ%の大幅なインフレになることはないが、インフレ率がある程度以上に上昇してきた場合には、金融資産を実物に替えたり、外国に資産を逃避したりする必要が生じる場合があるだろう。

 現在の日銀の物価に対する認識は0~2%のわずかなプラスの物価上昇が望ましいということのようだ。この目標に対して、年率4、5%の物価上昇が発生するようになったら、これは、日本の物価がコントロールを失いつつある状況だと考えてもいいだろう。こうした物価上昇を抑えるためにはかなりの金利上昇を伴う金融引き締めを行わざるを得ず、その際に日本の株価や不動産の価格にも悪影響が出るだろうから、海外資産を増やすのは理にかなっている。

 日本の物価上昇に歯止めが掛からないと目される場合には、円の為替レートが相当に円安に振れる公算が大きい。深く考えた数字ではないが、1年間に4%の物価上昇と15%以上の円安が同時に起こった場合には、日本の金融資産に対する警戒モードに入るということでどうだろうか。

 ただし、金利が相当に上昇してインフレに収束の気配が出てきた場合は、日本の長期債券が格好の買い場になる。これも、将来もしも起こることがあれば、生涯に何度もない大儲けが狙えるチャンスというべきパターンの一つなので付け加えておく(現実に役には立ってほしくないが、長い間にはそのようなこともあるだろう)。