1990(昭和27)年6月10日

ペルー大統領選挙の決選投票でアルベルト・フジモリが当選

 

1990(昭和27)年6月10日

ペルー大統領選挙の決選投票でアルベルト・フジモリが当選

  1990(昭和27)年6月10日、ペルーの大統領選挙でアルベルト・フジモリ氏が当選しました。フジモリ氏は藤森謙也という日本人名を持ち、ペルーと日本の両方の国籍を保有しています。両親の出身は熊本県で、1934年にペルーへ移住した日系2世でした。

 ペルーの大学を卒業後、フランス、米国に留学。帰国後、ペルーの大学総長を務めた後、ペルー国有テレビで討論番組の司会を務め、ペルー国民から絶大な人気を獲得しました。

 そして1990年に大統領選に、初出馬にして初当選しました。政治家としての経験はほとんどないままの大統領就任でしたが、「フジショック」と言われる経済改革を実行すると、ペルーの貿易額を大幅に増大することに成功しました。また新憲法の制定など政権改革にも活躍し2000年11月までの10年間、大統領として手腕を発揮しました。

 しかし、しだいに独裁色が強くなり、公金横領などの疑惑をかけられたフジモリ氏は日本へ亡命。ファックスで大統領辞任の意をペルーに伝えるという行為は、後に「恥ずべき辞任」と言われました。

 2005年、再び大統領選出馬のためにペルーへ向かう途中、フジモリ氏はチリ政府によって逮捕拘束されました。その後ペルー政府に引き渡されると、バリオス・アルトス虐殺事件(ペルー軍特殊部隊による民間人殺害事件)の任命責任などの罪に問われ、禁固25年の刑が言い渡されました。

 

1990年6月10日の日経平均株価終値は

32,993円29銭

※1990年6月10日は休日のため前営業日の株価

ライター: FIX JAPAN 前沢ともあき