1941(昭和16)年6月7日

愛知・名古屋・伊藤銀行が合併し東海銀行を設立

  1941年6月7日、愛知、名古屋、伊藤銀行の三行が合併。中京圏に本店を置く、唯一の都市銀行である東海銀行が誕生しました。

 愛知銀行は、尾張徳川家に関係の深い豪商・素封家により1896年に設立されました。その後、関戸銀行、一宮銀行、東美銀行、大垣銀行、北方銀行、枇杷島銀行を合併し、拡大していきました。

 名古屋銀行は、名古屋近郊の有力実業家10人の発起により設立。その後、津島、笠松、金城銀行などを合併。伊藤銀行は、名古屋の富豪伊藤家が設立。その後、中埜、知多銀行を合併しました。それらすべての銀行を統合したのが東海銀行です。愛知県に本店を置く地銀が他に新設されなかったため、名古屋財界の中核として影響力を発揮しました。

 しかし業績的には振るわず、都銀各行がメガバンク再編に向かう中、2002年に三和銀行と合併し、株式会社UFJ銀行となりました。

 その後、1996年に「東京銀行」と「三菱銀行」が合併して設立された「東京三菱銀行」と2006年に合併し「三菱東京UFJ銀行」とへ。2017年には「三菱UFJ銀行」と商号変更しました。三菱UFJ銀行は、みずほ銀行、三井住友銀行と並んで日本三大メガバンクの一角となり、商業銀行としては日本最大の銀行となっています。

 金融界が再編の動きを始めたのは1990年のバブル経済崩壊がきっかけとなったと言われており、バブル崩壊以降の激しい銀行の統廃合の中、かつては第一勧業銀行をはじめ13行存在した都市銀行も、三大メガバンクに「りそな銀行」を加えた4行に集約されるに至りました。

 

ライター FIX JAPAN 前沢ともあき