21年前の今日…

1997(平成9)年11月24日

山一証券倒産

山一證券の元従業員の多くは米国の大手金融業メリルリンチが設立した「メリルリンチ日本証券」に移籍

 今から21年前の1997年11月24日、当時「四大証券」の一角を占めた山一証券が自主再建を断念し、廃業を決めました。その後、バブル崩壊後の不況が一段と深刻化しました。

 山一証券の創業は倒産100年前の1897年。旧安田財閥を核とする芙蓉グループと親密な名門証券会社でした。1965年の証券不況時に経営が悪化。その時は日銀から無担保・無制限の「日銀特融」を受けて息を吹き返しました。

 しかしその後、多額の損失隠しが露見。山一証券はバブル期に、株式などの値下がりを埋め合わせる「損失補てん」契約を顧客企業と結んでいました。顧客から引き取った株式は、相場の下落を受けて含み損を膨らませましたが、これを隠すため、買い戻し条件付きで別の企業に引き取らせていました。決算書に載せないのが目的で、「飛ばし」と呼ばれる手法です。

「飛ばし」が週刊誌などに報じられると、山一証券は金融市場での資金調達が困難になり、大蔵省の意向も強く働いて自主廃業に追い込まれました。損失額は2,720億円でした。

 

1997年11月24日の日経平均株価終値は

16,721円58銭

※1997年11月24日は休日のため、前営業日の終値。

算出開始後「11月24日」の日経平均株価は前日比で

値上がり:25回

値下がり:24回