近くのカフェではなくイタリアで働く!?

ーー 働き方改革では、社員が自宅を含め、どこでも働けるリモートワーク、テレワークのような仕組みを作ることが求められています。

多くの会社は本社や支社を東京に置いているので、ビジネス効率だけを考えれば東京にオフィスを置くことが望ましい。その代わり社員によっては、混雑する電車に乗って通勤しなければなりません。そこで自宅(ファーストプレイス)やオフィス(セカンドプレイス)以外の働く場所として、ターミナル駅などにサードプレイスを用意する企業も増えています。でも、カヤックの本社は神奈川県鎌倉市にあります。

ーー 通勤には遠い? いいえ、柳澤さんの発想は違いました。

「会社員時代、通勤時間が体力をそいでいるという気持ちがありました。一方で、会社を作ってみて、ずっとテレワークで社員が皆バラバラだと、組織としての一体感が薄れてしまうということもわかりました。そこで、職住近接の方がバランスがいいだろうということで、それを実現できる場所として鎌倉を選びました。ですので、カヤックでは本社のある鎌倉に住むことを推奨して、現状は鎌倉住宅手当を出しています」

ーー 職住近接が実現すれば働き方はシンプルになります。

「ただ、一方でいろいろな場所で働くことで刺激を受けることもありますよね。これからは旅をしながら仕事をする人も増えてくるだろうから、そういったことも視野に入れて行くことになるだろうと思います。」

ーー どういうことですか?

「カヤックのエンジニアなどを見ていると、海外に住みたいからという理由で退職したりする人も少なくありません。これは逆にいうと、海外にもそういう価値観を持った優秀なエンジニアはいるので、鎌倉にふらりときて、半年だけ仕事していく。そういったクリエイターも柔軟に取り入れる組織にした方がいいだろうなということです。」

ーー そういえば昔、「旅する支社」という制度があったと聞きました。

「はい、以前に何度か実践しました。住居兼オフィスを一定期間(2~3カ月)借りて、仕事に集中するのです。国内はもちろん、海外でも行いました。」

この春には花粉症の時期に花粉が飛ばない場所に行って仕事をするというアイデアが出たことで、実験的に一部の社員が北海道の下川町で働いたそうです(もちろん花粉症は発症しなかった)。

 

旅先で仕事をすると生産性が上がりますか?

旅先で働くのは、楽しいからで生産性が上がるわけではない、と語る

ーー この試みをしていた当時から「生産性が上がるんですよね?」と質問されていたそうですが…

「企業が何かをするときには、必ず合理的な理由が求められますので、当時、旅する支社の取材時には、『参加した社員は、テンションが上がり、モチベーションが上がり、生産性が上がるんですよね?』と3セットで聞かれました。ただ、どうでしょうか。目で見える生産性という意味では、上がってないように思います。

ただ、前述のように海外で働いてみたいという人が増えているように、海外で働きたい人に必ずしも合理的な理由はありません。もしかしたら、健康にいいというような合理的なデータが取れるかもしれないけれど、今までの延長線にあるわかりやすい生産性だけを指標にしている限りは、おそらくこの旅する支社という制度もむだな試みになってしまうだろうなと当時から思っていました」

ーー 生産性に対する指標を変える時期に来ているのかもしれません、と柳澤さん。

「働き方改革で注意しなければいけないのは、生産性を上げるということだけに集中しすぎてはならないということです。生産性が超高まって、勤務時間は短くなったけれど、仕事が楽しくなくなったということが起こるかもしれない。もうひとつ別の指標を加えないと本当の働き方改革にならないという感じはあります

「というのも、生産性を今までの合理的な企業の論理だけで語ると、目で見えないものの価値がごっそり抜け落ちてしまうからです。たとえば、「何かかっこいい」というような目で見えない価値、すなわちそれをクリエイティブと呼ぶとします。そういった世界観に投資しているビジネスと、そうでないビジネスを見比べてみてください。実は、C向けの(※BtoC)のビジネスの方がそこに投資していることが多いことがわかるのではないかと思います。それは、すなわち個人を相手にしているから、それが伝わりやすいのです。人は必ずしも合理的なものでない価値を感じ取るし、大事にするのです。ところがB向け(※BtoB)のビジネスでは、必ずしもそうではない。B向けのビジネスでは、どちらが効率的とか、安いとか、より合理性が評価される傾向にあります。そういうこと一つをとっても、個人がいいねと感じることと、企業がいいねと感じることは違います。おそらく、旅する支社はそういうたぐいのことなんだと思います。

※BtoCとは、Business to Consumerの略で、企業(business)が一般消費者(Consumer)を対象に行うビジネス形態のこと。一方、BtoBとは、Business to Businessの略で、企業(business)が企業(business)を対象に行うビジネス形態のこと。

ーー 旅する支社は今後も続きますか?

当時はランサーズなどのクラウドソーシングサービスもなかったですからね。現在は、企業がそうした制度をつくらなくても、個人でそういったプラットフォームを利用しながら、働く場所を変えていく、それが簡単にできる時代になったのではないでしょうか。

会社の決断と社員の工夫により、カヤックのような働き方ができそうです。実はその二つの実現が難しいのですが……。

 

規模の拡大に興味はありませんか?

ーー 柳澤さんは、この先、カヤックをどのように舵取りしていくのでしょう。

 

「企業の成長をKPIにして、規模の成長を実現していくのは、とても重要で面白いことだと思います。会社はそうしたKPIを追求するのに向いた仕組みでもありますよね。実際に、カヤックもM&Aなどを通じて、グループ会社も増えています。ただ、規模の拡大だけを目的化して、その指標を追うだけではなく、多様性や働く人の面白さを指標にしていく必要性も感じています。そのことが、実は成長を促進するのではないかという仮説を持っています」

「そして、時代の潮流としても、仕事が辛いものだという時代ではもはやなく、仕事は楽しいものだという方向に向かっているのではないでしょうか。だから、会社が大きくなって、多様性が失われ、組織の流動性が失われてしまっても面白くないとも感じます。僕は経営者として多様性を保ちつつ、ルールも少ない中で、事業を成長させるという矛盾と対峙することに興味を持っています