このところ日本の政治は動きに乏しく新たな政策発表もないが、向こう数カ月で再び世界の脚光を浴びることになろう。安倍首相が憲法改正に関する具体的なスケジュールを発表したことがその背景にある。首相は必要とされる国会手続きを2018年夏までにすべて終え、年末を待たずに改憲に不可欠な国民投票を実施することを目指している。この意欲的な姿勢によって日本は再び世界の注目を集めるだけでなく、2018/2019年には成長戦略が勢いを取り戻すとみられる。2018年秋には衆院選と憲法改正の国民投票の「ダブル選挙」が実施される可能性が高く、消費税増税の先送りを中心とした財政政策の緩和に加え、日銀は実質金利を少なくともマイナス2%まで引き下げる姿勢を強めると予想される。
「アベノミクス」から「アベイズム」へ – 相互に依存する政策
安倍首相が憲法改正を急ぐ強い意志を初めて明らかにしたことを受け、国内外からの懸念の声が高まるとみられる。「アベノミクス」から「アベイズム」への移行、すなわち経済改革よりも国家主義色の濃い事項に政治資源が多く費やされるようになるのだろうか?
筆者は、経済改革と国家主義のどちらか一方に政治資源が偏ることはないと考えている。おそらく、深く根差した愛国的政策が「チーム安倍」を突き動かしているのだろう。ただ、これは、19世紀終盤に日本の近代化と改革を先導した明治維新の志士たちが掲げた理念である「富国強兵」から想起されるような、現実的でマキャベリズム的な路線である。
明確に言うと、安倍首相の最大の目標は紛れもなく日本を大国として認めさせることだが、そのためには経済を一流に育てる必要がある。一世紀以上も前に明治維新の先導者達がそうだったように、世界の二強つまり米中両国と対等に渡り合うためには日本の企業 、金融、そして人的な資源を再編して海外諸国が羨むような実績をあげる必要があり、「アベノミクス」が頓挫すれば「アベイズム」は失敗に終わるとチーム安倍は認識している。
より端的に言えば、首相が明らかにした改憲スケジュールは国家戦略と経済成長戦略の両面における好ましいフィードバックを示唆している。時期尚早な引締め策の導入はまずないと考えて差支えないばかりか、政策の緩和がさらに進む可能性がある。憲法改正に意欲的であればあるほど、有権者をより満足させる措置を打ち出す必要性が高まる。
オプション付きのパワーポリティクス
安倍首相が2018年末に憲法改正の国民投票を目指しているのは、同時期に最も重要なマクロ経済政策の決定を迫られていることと深く関係している。政府は2018年末までに消費税増税を実施するか先送りするか決めなければならない。現時点では2019年10月に増税が予定されているが、最終的な決定は2018年12月に終結する2019年度予算案の審議を経てなされる見通しである。国民の真意を問うため、首相は同じく12月までに総選挙を実施しなければならない。
現実的な意味で、自民党は選挙に勝つために結束を強めており、消費税増税の決定には選択の余地が生まれている。過去3回の増税はいずれも景気低迷を誘発したことから、安倍首相は2016年前半に10%への引き上げの先送りを決定せざるを得なかった。強い権力を持つ官僚と増税賛成派に対抗したことが数カ月後の参院選で自民党が圧勝した主因である。今回も国民の支持を得るのが難しい増税を先送りし、激しい論議を呼んでいる憲法改正を実現するための切り札にする可能性が高いとみられる。
フィスカル・ドミナンス = 増税を急ぐ必要はない
ここで現在の日本の金融政策の下では、急いで財政再建を進める必要性がさほど高くない点を指摘しておきたい。日銀は長期金利を0%に誘導することをはっきりと表明しており、物価上昇率が2%を超えるまでこの方針を維持すると確約している。従って、10年物国債利回りは少なくとも150bps低下し、これによって実質支払利息は15兆円も削減できる。一方、消費税収入は17兆円強にとどまっているため、財政に対して保守的なエコノミストにとって、日銀が現行方針を維持すれば何もしなくても利払い負担の軽減に「ただ乗り」できるのに、景気後退がほぼ避けられないリスクをとるようチーム安倍を説得するのは難しいだろう。次期日銀総裁(黒田現総裁の現在の任期は2018年4月末に満了)を指名するにあたって、安倍首相は少なくとも現在の金融政策を堅持することを求めるとみられる。
市場への影響 – ハイリスク・ハイリターン
ともあれ、2018年秋に「ダブル選挙」(衆院選と憲法改正の国民投票)が実施されるとの想定は妥当と思われる。これは日本のリスク資産にとって朗報であろう。当社の見方が正しければ、政治面の活性化により成長戦略は復活すると思われる。
2つの重要なトリガーとしては2018/2019年に財政政策の緩和が予想されること、また日銀が実質金利をマイナス2%まで引き下げる方針を堅持する可能性が高まっていることが挙げられる。財政と金融がともに緩和されれば円安株高が進行するとみられる。
エコノミストは日本が「フィスカル・ドミナンス(財政支配)」の状況にあると言うかもしれないが、向こう12~18カ月については「ポリティカル・ドミナンス(政治支配)」の方がふさわしい表現だろう。憲法改正と経済を巡ってはいずれも激しい議論が繰り広げられており、これまでになくリスクが上昇しているが、それゆえに高いリターンが期待できるとも言える。
憲法改正に対する安倍首相の強い決意(アベイズム)が「アベノミクス」を成功に導くと当社は予想している。
(2017年6月26日記)