今、日本とアジアは重要な転換点を迎えている。北朝鮮は何十年にもおよぶ経済的孤立と例外主義からゆっくりとではあるが確実に抜け出す準備を整えつつあり、巨大な投資ブームの機会が訪れようとしている。エコノミストの立場から見ると、北朝鮮と日本はまたとない組み合わせと言える。日本には莫大な資本と余剰貯蓄があるが、労働力と天然資源は不足している。つまり、エコノミストが描く図面上では、日本と北朝鮮はどちらもお互いに必要なものを持っているのである。

 もちろん、現実の世界は綺麗な構想図よりは、ずっと複雑で混沌としている。長きに渡る不信感と孤立、また時には明らかな対立があったことを思えば、国家間の関係に本当に変化が訪れるのか想像するのは困難かもしれない。北朝鮮は中国、日本、韓国というアジアの三大経済勢力に囲まれており、米国は支配的経済力とゲーム・チェンジャーとなり得る力を維持している。事は複雑であり、日本だけでどうこうなるものではない。しかし、戦争の脅威から抜け出し、お互いに満足できる経済近代化と繁栄の共有に向けて速やかに交渉が進めば、誰もが真の平和の実現に自信を深められるだろう。

 将来的に北朝鮮経済の近代化によってもたらされるビジネスチャンスと課題を評価するに当たり、東西ドイツ統一、特に東ドイツの近代化はいくつか有意義な教訓を与えてくれる。専門家の間では正確な数字についてまだ議論があるが、とりあえず大まかな数字を拾ってみよう。東ドイツの近代化は、統一後の10年間で約2.5~3兆ドルの民間セクター投資を創出したと推計される。これに約1.5~2兆ドルの公共セクター支援が加わり、東ドイツの1人当たりGDPは、統一後の10年間で西ドイツの40%程度の水準からほぼ80%まで急増した。

 すこし広い視点で考えてみよう。東西統一当時の西ドイツのGDPは約1.5兆ドルだった。したがって東ドイツの近代化には最初の10年で西ドイツのGDPとほぼ同額のコストがかかったことになる。しかし同時にGDPの2倍に相当する新たな民間投資を生み出した。新規投資のほぼ80%は最初の5年間に集中し、「東ドイツの投資ブーム」に乗じて利益を上げようと、住宅、道路、インフラ、生産施設のアップグレードが急ピッチで進んだ。重要なのは、小規模サービス事業は主として東ドイツのバイヤーによって、迅速に民営化されたという点である(彼らは東ドイツマルクと西ドイツマルクの1:1の通貨交換により購買力が大いに向上していた)。しかし大規模な工業資産については、約74%は西ドイツの投資家が購入し、東ドイツの投資家は約20%、ドイツ以外の投資家によるものはわずか6%であった。ようするに、ドイツ統一はコストと機会どちらの面から見てもドイツ固有のイベントであり、ドイツの法と統治のもとで行われたのである。結果的に東ドイツの経済近代化は極めて円滑に運んだ。統一のわずか10数年後、民主主義国家ドイツが首相に選んだのは旧東ドイツ出身の女性であり、この事実は続いて政治的、社会的統一も成されたことを物語っている。

 対照的に、北朝鮮の近代化はかなり異なる道筋をたどりそうである。第一に、当時の西ドイツと東ドイツの人口比がほぼ4:1であったのに対し、韓国と北朝鮮の人口比は2:1である。西ドイツは国民4人で東ドイツの国民1人を支えればよかったのに対し、韓国では国民2人で北朝鮮の国民1人を支えなければならない。さらに極端な所得格差も問題である。東ドイツは旧社会主義国の中では優等生的存在であり、統一前の1人当たりGDPは西ドイツのほぼ40%に達していた。一方、北朝鮮の1人当たりGDPは1,500ドルに届かず(韓国銀行の推計による)、韓国の20分の1にも満たない。

 ドイツの場合、東から西への移住が大きな要素であった。所得が60%アップする可能性や生活水準の向上を求めて、10%超の東ドイツ住民が西側で富を手にしようと移住した。ドイツの指導者たちにとって、経済近代化には政治的・社会的統一が伴うことに疑問の余地はなかったため、労働力の自由な移動を規制する意図は全くなかった。朝鮮半島における人口および1人当たり所得の極端な格差を考慮すると、何よりもまず経済近代化を最優先事項とし、より焦点を絞った2段階のプロセスをとることが望ましいだろう。

結論: 東ドイツ国民2,500万人の生活水準を西ドイツの水準の80%まで押し上げるために、10年間で2.5~3兆ドルの民間投資と1.5~2兆ドルの公共投資が必要だったとすれば、同じく10年間で北朝鮮の国民2,500万人の1人当たりGDPを5,000ドル超まで引き上げるには、少なくともその2~3倍の金額が必要になるはずである。もちろん、これは大まかな推計であり、見通しは大きくはずれる可能性がある。ドイツ統一費用は当初10年で1兆ドル程度が見込まれていたが、実際には2倍以上金額がかかったのだから。

 それでも、基準となる総額は5~6兆ドルの民間投資と3~4兆ドルの公共支援ということになるだろう。韓国のGDPは約1.5兆ドルであるから(偶然にも、これは統一1年前の西ドイツと同じ数字である)、一国で賄える額ではない。投資機会は韓国GDPのほぼ4倍、公共支援は2倍以上に達する。すなわち、ドイツ統一時の2倍の規模感である。

 北朝鮮の近代化に拠出する貯蓄や資本を持っているのは韓国だけではないことを言っておくべきだろう。もしGDP12兆ドルの中国と同5兆ドルの日本が支援に加わるならば、北朝鮮の経済近代化は容易に実現可能である。10年間に生まれる新たな投資は、現在の中国、日本、韓国の年間GDPの総額のわずか30%程度に過ぎない。

 むろん、解決すべき問題は多々ある。たとえば、投資シンジケートはどのような法律に基づき、どの程度厳密に機能するのか。アジア開発銀行とアジアインフラ投資銀行はどういった役割を担うのか。どれだけ迅速に北朝鮮で経済計画に携わる人材や起業家を育成し、最新の官民連携による投資案件を直接推進できるようになるのか。プロジェクトはどのように配分されるのか、また最も重要な点だが、誰がゴーサインを出し、誰がグローバルなベストプラクティス・プロジェクトを統制するのか。

 中国はもちろん、日本や韓国も驚くべき速さで経済の近代化を成し遂げた実績があるのは心強い。特に中国は、自国の発展と資本主義のモデルを首尾よく広める手段として、北朝鮮をアジアで最初のショーケースにしたいのであろう。政治面では、習近平国家主席の任期が撤廃された中国は北朝鮮と同様の状況にあると考えられる。だからこそ、法にのっとったグローバルな枠組のなかで、迅速な経済近代化は万民に繁栄をもたらすことを明確にするために、日本の役割はこれまでになく重要なのである。

2018年6月1日 記

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