【今日のまとめ】
- エンタープライズ・ソフトウェア各社は、ようやくクラウドに本腰を入れ始めた
- セールスフォース・ドットコムはクラウドの先駆的企業
- IBMは売上が伸び悩んでいる
- ヒューレット・パッカード・エンタープライズは分社化によって出来た企業
- オラクルは遅れ馳せながらクラウドに取り組み始めている
- SAPも積極的にクラウド戦略を推進している
エンタープライズ・ソフトウェア・セクターの概観
エンタープライズ・ソフトウェア・セクターの企業は、もともとリレーショナル・データベースやERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)などの、大規模で、高価なソフトウェアを売ってきました。
その特徴は、案件当りの金額が大きく、導入に際して従業員のトレーニングなど顧客の側でたいへんな労力がかかる点にありました。
しかしインターネットが普及し、さらにスマートフォンを誰もが持つようになったので、企業のソフトウェアも、何処からでもアクセスできるように対応する必要が出ました。
このため大企業が使うソフトウェアをクラウドに移し、ソフトウェア・アズ・ア・サービス(SaaS)というカタチでそれにアクセスすることがだんだん一般化しつつあります。
このことは、今日紹介するエンタープライズ・ソフトウェア各社も、これまでのソフトウェアの「売り切り」の発想から、クラウドでサービスをホストし、座席数に応じて対価を請求するという発想の大転換を強いられることを意味します。
実際、テラデータ、EMC、デル、ネットアップなどの伝統的なテクノロジーのサプライヤーは、市場の縮小に苦しんでいます。
これまでエンタープライズ・ソフトウェア各社はクラウドに消極的でしたが、最近は時代の流れには抗せないことを悟り、一転して積極的にクラウドへの移行を顧客にも奨励しはじめています。
クラウドへの移行は短期的には見かけ上の売上高が伸び悩む(=売り切りではなく、使った分だけの請求になるから)などの悪影響が予想されます。実際、オラクルはグローバルで見たIT支出が2015年にはマイナス成長すると見ています。
これは、もちろん世界の景気が冴えないということもありますが、それ以上に企業のIT戦略がクラウドへ移行し、その結果としてITへの支出が減ったことが原因です。
長期的にはクラウドへの移行はユーザーにとっても、ソフトウェア・ベンダーにとってもプラスだと思います。
もともとエンタープライズ・ソフトウェア各社は客筋が良いですし、長年築いた信頼関係があるので、クラウドの営業に際しても、それが有利に働くと考えられます。
そこで今日は下に掲げたような企業について見ることにします。
コード | 銘柄名 | 説明 |
---|---|---|
CRM | セールスフォース・ドットコム | クラウドの草分け |
IBM | IBM | クラウド、アナリティックス |
HPE | ヒューレット・パッカード・エンタープライズ | HPからスピンオフ |
ORCL | オラクル | データベース、クラウド |
SAP | SAP | ドイツのソフトウェア企業 |
セールスフォース・ドットコム
セールスフォース・ドットコム(ティッカーシンボル:CRM)はカスタマー・リレーションシップ・マネージメント(CRM)ソフトウェアの企業です。
同社はクラウドを通じてアプリケーションを提供する、ソフトウェア・アズ・ア・サービス(SaaS)の形態の草分け的企業です。
同社は2013年にイグザクトターゲットを買収し、クロス・チャンネル・デジタル・マーケティングの機能を追加しました。
同社の会計年度末は1月です。従って下のグラフで2014年とあるのは2014年1月31日で〆た1年間の業績を指します。
- 【略号の説明】
- DPS 一株当たり配当
- EPS 一株当たり利益
- CFPS 一株当たり営業キャッシュフロー
- SPS 一株当たり売上高
IBM
IBM(ティッカーシンボル:IBM)は次の5つのセグメントから成っています。
- グローバル・テクノロジー・サービス部門
- グローバル・ビジネス・サービス部門
- ソフトウェア部門
- システム&テクノロジー部門
- ファイナンシング部門
グローバル・テクノロジー・サービス部門はテクノロジー・アウトソーシング、統合テクノロジー・サービス、メンテナンスなどのサービスを提供しています。クラウドもこの部門に含まれます。
グローバル・ビジネス・サービス部門はビジネス・アウトソーシング、コンサルティング、システム・インテグレーションなどのサービスを提供しています。エンタープライズ・アプリケーション、アナリティックスなどはここに含まれます。
ソフトウェア部門はミドルウェアならびにOSを提供しています。ウェブスフェア、ラショナル、チボリ、インフォメーション・マネージメント、認知コンピューティング(cognitive computing=構文分析などの自然言語処理の手法を用いたデータの意味づけのこと)の「ワトソン」などもこの部門に含まれます。
システム&テクノロジー部門はサーバ、パワー・システム、ストレージなどを提供しています。
ファイナンシング部門は顧客のためにファイナンシングを提供する部門です。
売上の内訳は下のパイチャートのようになっています。
IBMの地域別売上高は下の通りです。
なおIBMの売上高の6割近くは、まるで年金の如く、毎年継続して売上が見込めるリピート・ビジネスです。
IBMはエンタープライズ・ソフトウェア各社の中でもとりわけ売上高の伸び悩みに苦しみました。
為替がドル安に転じたら、同社の売上高成長にはプラスに働くと思われます。
ヒューレット・パッカード・エンタープライズ
ヒューレット・パッカードは最近、2つの会社に分かれました。この分社化では旧ヒューレット・パッカードの株主が新たにHPインク(ティッカーシンボル:HPQ)とヒューレット・パッカード・エンタープライズ(ティッカーシンボル:HPE)という二種類の株を受け取ることになります。
例えばあなたが旧ヒューレット・パッカードの株を100株持っていたとすれば、それが:
HPインク(HPQ) 100株
ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE) 100株
に変わるわけです。旧ヒューレット・パッカード株を保有していた投資家は、何も手続きをしなくても、自動的に保有株の内容が上記のようにアップデートされます。
このレポートではエンタープライズ・ソフトウェアのセクターについて紹介しているので、今回はヒューレット・パッカード・エンタープライズについて書きます。
この新会社は2014年の年間売上高551億ドル、営業キャッシュフロー69億ドル、純利益16億ドルでした。
ヒューレット・パッカード・エンタープライズの分社後初の決算発表は11月24日に予定されています。
売上構成は下のパイチャートのようになっています。
オラクル
オラクル(ティッカーシンボル:ORCL)はカリフォルニア州に本社を置くソフトウェア企業です。同社は世界142か国に42万社の顧客を持ち、フォーチュン100の全ての企業と取引関係を持っています。世界の主要航空会社、主要自動車メーカー、大手銀行、大手保険会社、大手製薬会社、通信会社などは皆、同社の顧客です。
同社はデータベースで世界首位です。その他、アプリケーション・サーバ、ビジネス・アナリティックス、データ・ウエアハウス、マーケティング・オートメーション、ミドルウェア、人事ソフトなどの面で第1位です。
同社は事業を1)ソフトウェアとクラウド、2)ハードウェア、3)サービスの三つに分類しています。
ソフトウェアとクラウドの事業では、新規のソフトウェア・ライセンスを販売しています。それに加えてソフトウェア・アズ・ア・サービス(SaaS)、プラットフォーム・アズ・ア・サービス(PaaS)、クラウド・インフラストラクチャ・アズ・ア・サービス(CIaaS)なども展開しています。
次にハードウェアのビジネスではサーバやイン・メモリー・システム、インフィニバンドやイーサネットなどのデータ・センター・ファブリック製品を作っています。
サービスのビジネスではシステム統合、コンサルティングなどを行っています。
同社の地域別売上高は下のようになっています。
オラクルの従業員数は13万人です。
オラクルは利幅の大きいエンタープライズ・ソフトウェアのビジネスでマーケットシェア・リーダーの地位に君臨してきたため、クラウドへの移行は消極的でした。
しかしクラウド化は抗することのできない時代の流れであることをようやく認め、最近では逆にアグレッシブに顧客をクラウドへと移し始めています。
同社は5月末が決算の〆です。従って下のグラフで2015年と言った場合、2015年5月31日で〆た1年間を指します。
SAP
SAP(ティッカーシンボル:SAP)は1972年にドイツで創業されたエンタープライズ・ソフトウェア企業です。同社は世界180か国に28万社の顧客を持っています。現在の従業員数は7万5千人です。
SAPの株式はフランクフルト証券取引所とニューヨーク証券取引所の両方に上場されています。SAPはドイツの主要株価指数であるDAX指数の構成銘柄であるとともにダウジョーンズEURO STOXX50にも採用されています。
SAPの顧客は世界のトップ100ブランドの大半を含む大企業です。インターネットの登場、スマートフォンの普及、グローバライセーションなど、大企業が日常の業務をとりおこなうにあたって、こなさないといけないタスクは複雑化、高度化の一途を辿っています。SAPは、そのような顧客企業における要求に応え、シンプルなソリューションを提供することを目指しています。
SAP HANAはそれを実現するためのクラウド・プラットフォームです。このプラットフォームは生命科学、小売、航空宇宙、自動車、鉱業、石油、金融、教育、メディアなど25の産業分野の人事管理、経理、製造工程管理、R&D、マーケティング、サプライチェイン管理などのタスクに対応することが出来ます。顧客は、これまで使ってきたソフトウェアをクラウドに移すことで、運営・管理を簡素化することができます。
そのことはクラウド化を手伝うことでSAPがこれまで入り込めていなかった分野にもマーケットシェアを伸ばすことができる可能性があることを意味します。顧客は、とりわけハードウェアに対する支出を節約することが出来ます。
使い手の側からみればスマホなどでアクセスできる単なるアプリの一つに過ぎないように見えるわけですがSAP HANAを駆動するためには同社がこれまで培ってきたデータベース、データ・プロセシング、アプリケーション・プラットフォーム、イン・メモリー処理などのあらゆるノウハウを動員する必要があります。SAPは他社との競争に劣後しないよう、毎年、R&Dの費用を増やしています。
同社の現在の売上高の大部分はレガシーのソフトウェアならびにそのサポートです。売上高ベースでは、クラウドは未だ端緒に付いたばかりです。
ただクラウドは座席数に基づき使った分だけ請求されるため、実際に獲得した案件の大きさに比べて売上高は少なく見える点に留意すべきです。
下の一株当たりデータは€(ユーロ)建てですので、ドルに換算する場合は×1.06(2015年11月21日の為替レート)してやる必要があります。なお普通株:ADR(米国預託証券)比率は1:1です。
それから為替についてですが、SAPは本社がドイツで普段はユーロ建てで会計を〆ている関係で、最近のユーロ安は売上高を大きく見せる効果がある点に気を付ける必要があります。