1月31日、トランプ大統領は、遂に日本の為替政策を批判してきました。製薬業界幹部との会合で、「他国は資金供給(money supply)と通貨切り下げで有利な立場にある。中国や日本は何年も市場で通貨安誘導を繰り広げ、米国がばかをみている」と、中国と同列で日本の為替政策を強く批判しました。選挙戦中の日本の通貨安誘導への批判はありましたが、大統領に就任後言及してきたのは初めてです。これまで「日本との貿易は不公平」、「ドルは強すぎる。ドルを押し下げる」と、日本との貿易不均衡是正、ドル高是正を主張してきましたが、日本の為替政策を直接批判してきたのは初めてです。また、「資金供給」という表現をしたことから、日銀の量的緩和にも批判を向けてきたのではないかとの見方が広がってきています。この発言を受けて、マーケットは直後には円高に反応しましたが、2月10日の日米首脳会談を控えていることから、現在のドル円は首脳会談で真意を見極めるまでは大きく動かない素振りをしているようです。
同時付のフィナンシャル・タイムズでは、国家通商会議トップを担うナバロ氏が、ドイツを名指ししてユーロ安を批判したと報じました。米国とEUで協議してきた環大西洋貿易投資協定(TTIP)交渉を巡り、「暗黙のドイツ通貨・マルク安が貿易交渉の障害になっている」と指摘し、ドイツはユーロ安で輸出を増やし、対米貿易の不均衡になっていると、ユーロ安相場を批判しています。米国の貿易赤字国で中国に次ぐドイツが、これまでやり玉に上がってこなかったのは不思議だなあと思っていましたが、ついに政権中枢幹部から批判が出てきました。これで米国の貿易赤字国上位4か国(中国、ドイツ、日本、メキシコ)は、貿易不均衡や通貨安誘導の批判に晒されたことになります。
日米首脳会談
2月10日の日米首脳会談は11月に会談したのとは意味合いが違います。前回は、米国大統領選挙に勝利したトランプ候補との会談であり、今回は米国大統領との会談であり政治的重みが違います。安全保障と通商問題がテーマになるのは間違いないようですが、マーケットが注目しているのは、トランプ大統領が安倍首相に対して、通貨安誘導を批判するかどうかです。通常、為替問題は財務相レベルで話し合うのが普通ですが、先週、トランプ大統領が日本の為替政策を批判したことから、首脳会談で直接、安倍首相に対して批判するのではないかとの懸念が広がっています。
米国大統領が相手国の為替に言及した前例があります。1993年4月に開かれた宮沢首相とクリントン大統領(ヒラリー氏の夫)との首脳会談です。開催のタイミングも今回と同様、1993年1月に就任したばかりのクリントン大統領との初会談でした。当時、ハッサクはニューヨーク駐在中だったので、その時のニュース映像はLIVEで、はっきりと覚えています。会談が終わり、にこやかに両首脳が記者会見場に登場してきました。クリントン大統領のにこやかな笑顔から、会談は上手くいったのだと思って見ていましたが、突然、クリントン大統領が「日米の貿易不均衡是正に有効な方法は4 つ。その第一は円高」と発言したのです。あまりにも直接的な表現だったので最初は耳を疑いましたが、貿易不均衡是正には円高が有効とはっきりと発言したのです。マーケットの動きも、最初は、大統領がそんなことを言うのかとその発言を疑うようなゆっくりとした動きでしたが、その後はびっくりしたように円高に反応しました。クリントン政権発足時125円台だったドル円は、その年には100円台まで下落し、2年後の1995年4月には79.75円まで当時としては戦後の円高値を付けました。
自動車貿易問題が背景にあるのは今回と同じですが、当時とは明らかに環境が違います。前回お話したように、当時は米国の貿易赤字の内、対日赤字の割合は、4割を占めていましたが、現在は1割弱に減少しています。また、日本の自動車メーカーは米国での現地生産を進めてきたことから、現地生産台数は1985年の29万台から2015年には384万台と10倍以上に増えました。ただ、現地生産が増えているとはいえ、2,015年の日本の対米輸出の内、自動車が3割を占めていることは、米国メーカーの不満(米国内でのシェアが低下し、日本ブランドのシェアが上昇)を裏付けるものであり、今後も日本たたきは続きそうです。
日米首脳会談で、安倍首相が金融緩和はデフレ是正のためであり、G20の会議で国際的にも認められていると正論を説いたとしても、安倍政権後2割も3割も円安になっているのは事実であり、国内メーカーの支持を得るためにもトランプ大統領が何も触れないとは思えません。首脳会談が友好的に終わったように見えても両首脳の記者会見が終わるまでは気が抜けません。漠然と通貨安誘導を批判するだけなのか、日銀の政策が円安を誘導していると金融政策を批判するのか、それとも貿易不均衡税制のためには円高が有効と最も突っ込んだ表現で批判するのか、抜いた刀をどのように振り下ろすのか注目です。もし、抜いた刀を鞘に収めたとしたら、取引(deal)を最重視するトランプ大統領と何らかの取引があったと考えざるを得ません。
為替監視国の認定基準
2月の首脳会談で直接的な批判がなかったとしても安心する訳にはいきません。4月に米財務省が連邦議会に提出する為替報告書で厳しく扱われる可能性があります。為替報告書とは、米財務省が4月と10月に連邦議会に提出する報告書“Semiannual Report on International Economic and Exchange Rate Policies”のことをいいますが、他国が為替介入などで通貨安誘導を行った場合は「為替操作国」として議会に報告し、制裁を発動する仕組みとなっています。毎回、中国が「為替操作国」として認定されるかどうか話題になりますが、その前段階として、新たに「監視リスト」を設けて、すぐには制裁するほどではないにしても貿易相手国の為替政策を牽制できるようにしました。現在の「監視対象」リスト国は、中国、日本、ドイツ、韓国、台湾、スイスの6か国です。
米国が設定した「為替監視国」の認定条件は、
- 対米貿易黒字が200億ドル超
- 経常黒字がGDPの3%超
- 為替介入による外貨購入額がGDPの2%超
となっています。中国は①しか当てはまりませんが、日本は①と②に該当し、日本が中国と同列に並べられるか、あるいは日本が標的になり、日本に対して厳しい対応になるかもしれません。日本はデフレ脱却のために量的緩和を行っていると説明しますが、物価はマイナスの状況が続いており、ドル円レートは数年前の水準と比べて円安水準にあることから、批判の火種は消えそうにありません。トランプ大統領就任後、日米金利差の拡大だけでは円安に進みづらくなっている背景はまだ続きそうです。