先週の予想外の出来事は、トランプ勝利よりも金融為替市場の動きでした。日本時間9日昼過ぎに接戦州の「オハイオでトランプ勝利」のニュースが流れると、リスク回避の動きから日経平均は一時1,000円超の急落となり、ドル円は104円台後半から101円台前半に急落しました。ところが、トランプ候補の勝利宣言の演説が終わる頃から相場の様子が一変しました。これまでの暴言を封印した穏和で大統領らしい演説(原稿の字幕を読んでいました)を好感し、トランプの政策期待が一気に高まり、海外市場では株高、ドル高、金利高と相場付きがガラッと変わりました。それまでの売りに対する単なるショートカバーの動きだけでなく、年内もう一勝負とネタ探しをしていた投資家のエネルギーが一気に噴出した印象です。

投資家が材料にしたトランプの政策(「トランプノミクス」と呼ばれ始めています)は、減税と財政出動(インフラ投資)、規制緩和です。減税、インフラ投資などの財源はいまだ不透明ですが、将来起こる財政赤字拡大懸念よりも、近い将来の景気刺激を好感している余韻はまだ続きそうですが、留意する必要があるのは、トランプ政策の景気にとってネガティブな側面(保護主義、移民排斥ドル安志向)をマーケットが全く無視している点です。

減税とインフラ投資

減税とインフラ投資は、景気を刺激し、株高につながり、金利も上昇します。これは現在の動きですが、金利上昇は企業投資意欲の低下、住宅投資の減速を引き起こし、景気にはマイナスとなります。また、財源が明示されていなため、財源が明らかになるにつれて実現性への期待が下がる可能性もあります。そして将来的には財政赤字拡大懸念が大きくなる可能性もあります。良い面だけ進行すればドル高が続きますが、どこかの時点で悪い面に焦点が当たってくるとドル安の動きになることに留意しておく必要があります。また、法人税減税については、同時に米企業の米国外の所得にも10%課税を掲げているので、アップルをはじめとする海外で現金を保有して税率を非常に低く抑えているハイテク企業は最終的な税負担が増える可能性があります。

トランプ氏はシリコンバレーの企業に厳しい目を向けてきました。アップルに対してはテロリストの個人情報をFBIと共有しなかったことに反発し、アップル製品のボイコットを呼びかけていました。またアマゾンに対し「深刻な反トラスト法の問題を抱えている」と非難し、IBMに対しては雇用の海外流出を先導していると批判しています。ここ数年のアメリカ経済を先導してきたハイテク企業に対してどのような政策の網をかぶせるのか注目です。政策によっては米国景気の足を引っ張る要因になりかねません。現在、規制緩和の恩恵を受ける金融、エネルギー銘柄が上昇しているにもかかわらず、ハイテク企業が鈍いのはそのような背景があるようです。

移民規制と保護主義

トランプ氏は移民の流入とグローバル化が所得格差を拡大させたと主張し、移民規制と保護主義(TPP撤廃、NAFTA(北米自由貿易協定)再交渉)を選挙公約に掲げてきました。しかし、自由貿易から保護主義への転換は米国に悪影響を及ぼし、経済にとってはマイナスとなります。輸入関税を上げて、保護主義化すると、輸入物価は上昇し、企業の生産コストは上昇するため、消費需要や投資需要は減少してしまうことになります。また、貿易相手国も保護主義化することから、輸出も減少してくることになります。トランプ氏は中国製品に45%の輸出関税を課すと主張し、中国を為替操作国として認定すると選挙中に発言していました。本当に実行すれば、中国との貿易関係が深い米国にとっても大きなマイナスとなり、上記のような循環から景気は減速してきます。

移民排斥も経済にとってはマイナス要因となりそうです。移民流入によって人口が増加し、消費需要を増やし、また企業収益を増やすことにつながってきました。確かに雇用を奪った移民の流入を規制すると賃金が上がるかもしれませんが、移民規制によって人口が減少し、消費需要減少、企業収益減少となり、結果的に賃金が低下し、更に消費需要が減少するという 負の循環に陥る可能性があります。トランプ氏の主張は正しいかもしれませんが、まわりまわって所得格差は無くならない可能性があります。

これらの負の側面を考慮すると、政権チームが固まるにつれて来年の大統領就任までには公約がつぎつぎと修正されてくるかもしれません。11月10日に「政権構想の概要」を公式サイトで公表しました(”greatagain.gov”)。しかし、その中には選挙中の公約や発言の内容に触れていない政策もあります。さらにその後、オバマ大統領や共和党幹部との会談、メディアとのインタビューとの中でこれらの政策が修正されている発言もみられています。現時点ですでに修正されている項目は下表の通りです。米国にとってマイナスの面もある移民排斥については一部修正がみられていますが、TPPやNAFTAについてはまだ言及していません。交渉の戦術として沈黙しているのか、本当に実行するのか注目材料です。また、明言はしていませんが、中国を為替操作国に指定するなどトランプ氏はドル安志向の可能性があります。米金利上昇によってドル高が進んでいますが、米製造業のマイナス要因となるドル高に対して、突然、ドル安志向の発言をすることもシナリオに加えておく必要があるかもしれません。また、日本は名指しされていませんが、為替操作の「監視リスト」の対象になっていることも忘れてはいけません。

トランプ新大統領の公約・発言と「政権構想」との比較、その後の修正